晦−つきこもり
>三話目(鈴木由香里)
>Y6

「由香里姉さんを殺す権利なんて、いりません!」
私は、きっぱりと断わった。
だって、そんな恐ろしいもの、絶対に欲しくない!

でも、由香里姉さんたら、全然悪びれたふうもなく、
「なーんだ、つまんない。葉子にあげようと思って、整理券作っておいたんだけどなぁ。
ほら見て、なかなかよくできてると思わない?」
って、一枚の紙切れを私の鼻先に突き出したの。

紙切れ……、たぶんレポート用紙か何かを破いたもの……には、
『鈴木由香里を殺す権利、一回限り有効。栄光の一番目』
って、マジックで文字が書きなぐってあるだけ。

本当に、ふざけてるとしか思えない。
「由香里姉さん! もうやめて!」
っていいかけた時……!!
誰かの腕が、私の鼻先をフッと横切ったの。
一瞬の出来事。
次の瞬間には、私の眼前に突き出されてた『整理券』は、泰明さんの手の中に。

由香里姉さんも、私も、呆気にとられて、ポカーンと泰明さんを見たんだ。
するとね……、
「由香里ちゃん、いいねぇ、このアイデア。いいよ、こいつは使える! そうだなぁ、局に戻って特番を組んで……。どうせなら、スタジオから生中継っていうのがベストなんだけど……」

そういって泰明さんは、一人でスケジュール帳とにらめっこ。
かと思えば、今度は携帯電話を取り出して、あっちこっちに電話をかけてる。
プッシュホンのボタンを押すのも、もどかしそう……。
こういう時の泰明さんて、本当に仕事熱心でかっこいい。

「もしもし、オハヨー。そうそう、俺。ちょっと、いいネタ仕入れたもんでさ。いや、もう、絶対、数字取れるって。タイトルは、そうだなぁ……『完全生中継!! カメラの前で自殺する少女!』じゃ、何かいまいちだし、『殺人整理券を配る少女、戦慄の死の瞬間!!』は……?」

ああ、もう本当にかっこいい……。
「じゃあ、そういうことで。お疲れ」
泰明さんは携帯電話をしまうと、そそくさと荷物をまとめ始める。

「さあ、由香里ちゃん。君も早く支度して」
「えー!!」
由香里姉さんは、明らかに不満顔だ。
でも、泰明さんは、
「えー!! じゃないよ。これから、局に戻って打ち合わせなんだから」
って、いっこうに気にしてないみたい。

「おいおい、これから東京に戻るっていうのかい?」
「危ないわよ。明日にしたら?」
みんなも口々に止めようとしてる。
確かに危険だと思う。
暗い夜道で、いくつも山を上ったり下ったりしなきゃいけないし……。

でも、泰明さんの仕事にかける情熱は、誰にも止められないんだわ。
「それじゃあ、みんな、オンエアー見てくれよ!」
泰明さんは、それだけいい残すと、渋る由香里姉さんの腕をひっ掴み、風のように出て行ってしまった。

嵐のような慌ただしさが去った後……。
ポツリと、正美おばさんが呟いた。
「泰明さん……、駅まで走ってくつもりかしら?」
そういえば、泰明さん、遠距離だから電車の方が早いって、車は東京に置いてきたんじゃ……。

「あら、いやだ。一番大事な物忘れてるよ」
和子おばさんが拾い上げた物は、由香里姉さん特製の『整理券』。
これがないと、番組は成り立たないんじゃ……。
由香里姉さんの様子からして、二度とこんな物作るとは思えないし……。

それに、よくよく考えたら、テレビで由香里姉さんが死ぬのを生中継するなんて、許されるものなのかしら?
天国のおばあちゃん、とりあえず二人が無事、東京に戻れるように見守ってて下さい。


すべては闇の中に…
              終