晦−つきこもり
>三話目(鈴木由香里)
>Z3

眠くなかったから?
何、馬鹿なこといってんの。
井上先輩って、確かに体力には自信あると思うよ。
彼が高校の頃は『水泳部の期待の星』って、ファンクラブまであったんだから。

高校を卒業した後ぐらいから、泳ぐことよりも、潜る方に興味が移っちゃったっていってたけどさ。
どんなに先輩がスポーツマンでも、慣れてない人に山歩きはきついもんだって。

どっかの誰かさんみたいに、脳味噌まで筋肉でできてるっていうんなら、話は変わるけどさ。
先輩が見張り役をかってでたのは、少なからず責任を感じてたからじゃないかなぁ。

(俺が、白いコートの人を見たなんて報告しなかったら……? きっと今頃は、暖かい風呂にでも入って、酒でも飲んでる頃だったのに……)

先輩の口から聞いたわけじゃないけど、こんな気持ちがあったと思うんだ。
自分の境遇を悲観してっていうんじゃなく、他のメンバーを巻き込んでしまった、後ろめたさみたいな感じ?

それに、白いコートの人だって保護できなかったわけだしさぁ。
そんな先輩の心を知るはずもなく、慣れない山歩きで疲れてたメンバーは、みんな熟睡してたそうだよ。

いびきをかく人もいなければ、歯軋りする人もいない。
寝返りくらいうつ人がいたっていいと思うけど、みんな不気味なくらいじっとして、微かな寝息が聞こえてくるだけ。
虫の声もしない、本当に静かな夜だったんだって。

どれくらいそうしてたのか……。
ふいに、焚き火の炎がパァッと高くなった……と思ったら、フッと消えてしまったの。
辺りは途端に真っ暗。
まったく、しょうがないなぁ……。

先輩は、手探りでライターを取り出して、適当な枯れ枝に火を付けたんだって。
しばらくすると、また、焚き火の炎が一瞬だけ大きくなった……と思うと消える。
何度試しても、焚き火の炎はほんの一瞬大きく燃えて、消えてしまう。

不思議に思いながらも先輩は、何度も、火を付けるのを繰り返してたんだって。
「パァッと燃え上がった時の炎が、白く発光して見えてさぁ。なんだか、白いコートを思わせてたんだよなぁ……」
って、先輩は、その時のことを思い出しながら呟いたんだ。

奇妙な思いで炎を見つめながら、けっきょく先輩は、夜明かししちゃったのさ。
夜明け……。
日が高くなるにつれて、少しずつだけど周囲の景色が見えてくる。
暗さに慣れた目には、ほんの少し明るくなるだけでも、かなり周囲の様子がわかってくるもんなんだって。

その頃には、焚き火は普通の炎に戻ってたらしいんだけど……。
先輩の目には、ドキッとするものが見えたのさ……。
先輩の言葉のまま伝えれば、こうだよ。

「最初は、靴が落ちてきたんだ。
恐ろしく汚れた、ぼろぼろの靴がさぁ。それで、上を見ると、足が揺れてた。片方だけ靴を履いた足が……」

彼らの野宿した場所には、先客がいたんだよ。
先輩たちは、そうとは知らずに、首吊り死体の真下で眠ってたのさ。
「うわーーーーーっ!!」
朝の樹海に、先輩たちの悲鳴が響き渡ったそうだよ。

その日、先輩たちは捜索隊の本隊に救助され、無事、迷いの森から生還することができたんだ。
この時の一斉捜索で発見された自殺体は、五体。
すべて、男性だったんだって。
もちろん、先輩たちと一夜を過ごした自殺体も含まれてるよ。

死後かなり経過してるもので、白いコートは着てなかったって。
先輩たちが、前の晩に見たと思われる白いコート姿の人は、捜索隊の別のチームに無事、保護されてたのよ。
白いコートを着た女の人だったんだけどさぁ、死に場所を探して森を歩くうちに、穴に落ちて動けなかったんだってさ。

「俺さぁ、今だにわかんないんだけど。あの焚き火の炎は、いったい何だったんだろうな……? 俺たちの真上にいた、あの首吊り自殺した人が気付いて欲しかったのかなぁ」

先輩は、最後にこういって話を終わらせたんだけど……。
……どう、葉子?
怖かった?
1.怖かった
2.全然、怖くない