晦−つきこもり
>三話目(鈴木由香里)
>AA3

そうなんだ。
先輩は、あの森の奥へ消えてしまった白いコートの人が、気になってしょうがなかったんだって。
もしかすると、今、あの人は自殺してるかも……。
毒を飲んで……?
首を吊って……?

もしかして、あの時見失ったのは、樹海の穴に落ちたからじゃ……?
そう考え出したら、最悪のケースばっかり浮かんできて、とてもじゃないけど、眠ってられなかったのさ。
起きて見張り番でもやってれば……。

それは、一種のカンだったのかもしれない。
他のメンバーは、慣れない山歩きで疲れてたのか、みんな熟睡してコトリとも動く気配がないんだって。
本当に静かな夜だったんだって。

微かな寝息だけが、耳へ届く。
どれくらいそうしてたのか……。
ふいに、焚き火の炎がパァッと高くなった……と思ったら、フッと消えてしまったの。
辺りは途端に真っ暗。

まったく、しょうがないなぁ……。
って、先輩は火を起こそうと思ったんだけど、あいにくライターもマッチも持ち合わせてなかったんだって。
誰か、他の人を起こすべきか……って迷ってた時!
ふいに、周囲が明るくなったんだって。

不思議に思って先輩が上を見ると……。
青白い炎が、ゆらゆらしながら木々の間を漂ってる。
これが噂に聞く、人魂ってやつか!?
先輩は放心状態で人魂を見つめてたんだって。

人魂は何をするともなく、ただユラユラと浮かんでるだけ。
すると、暗闇に閉ざされた木々の奥から、あの白いコートの人が現れたんだ。
白いコートの人が、ユラユラと木々の間に浮かぶ人魂にスッと腕を差し出すと、人魂がフワッと指先にとまったのさ。

「鳥が宿り木にとまるようだった」
って、先輩はいってたよ。
先輩は、だんだん速くなっていく心臓の鼓動を感じながら、白いコートの人の行動を見守るしかなかったそうだよ。
白いコートの人は、指先の人魂をゆっくりと口へ運び……。

パクッと一口で食べてしまったんだって。
「あれは、驚きだったよなぁ。あの時は、ホントに怖いとか、不安とかっていう感情はまったくなかったね。ただ、頭の中が真っ白になって、ポカーンと見てたんだ」

白いコートの人が現れた時、先輩は、
よかった。
まだ、生きててくれたんだ。
っていう安堵感を感じてたんだって。
でも、そんなことすっかりどこかへ消えちゃってたみたいだね。

白いコートの人は、人魂を食べてしまうと再び森の奥へ消えていった……。
しばらくすると、またどこからともなく人魂が現れて、宙をさまよってる。
それを追うかのように、白いコートの人が出てきて、人魂を食べてしまう。

そんなことが、何度となく繰り返されたらしいよ。
その度に辺りが明るく照らされたり、闇に戻ったり、なんだかうっとうしいよね。
人魂と、白いコートの人の奇怪な行動を見守りながら、先輩は、そのまま夜明かししちゃったのさ。

夜明け……。
暗さに慣れた目には、ほんの少し明るくなるだけでも、かなり周囲の様子がわかってくるもんなんだって。
もう、人魂が現れる様子もなかった。
朝もやの中、相変わらず他のメンバーは眠ってる。

そろそろ起こした方が……。
そう思った時、先輩は恐ろしいことに気付いたの。
昨夜は微かに聞こえていたメンバーの寝息が、まったく聞こえないのよ!
周囲は相変わらず、静まり返ってるっていうのに!!

先輩は慌ててメンバーを起こそうとしたんだって。
メンバーの手も顔も、みんなゾッとするほど冷たい。
「うわーーーーーっ!!」
みんな、手遅れだったのよ。
先輩一人を残して、捜索隊のメンバーは全員死亡。

不思議なことに、七月の夏山で何故か凍死してたんだよ。
ちょっと、変だよねぇ。
その日、先輩は捜索隊の本隊に無事救助され、彼のチームでは唯一人、迷いの森から生還することができたんだ。

この時の一斉捜索で発見された自殺体は、五体。
事故死した捜索隊のメンバーが、他のチームとあわせて九人。
犠牲者の方が多いなんて、やりきれないよね。
白いコートの人の正体はわからないまま。
迷いの森とも、魔の森ともいわれてる所だからね。

何が潜んでるかわからないもん。
たとえ殺人犯が潜伏してたって、誰も気付かないんじゃないかなぁ。
闇の世界のものならなおさらにさ。
「俺さぁ、あれからいろいろ調べたんだけど、あの白いコート着たやつって、妖怪だったんじゃないかなぁ。中国の妖怪に、人魂を食うのがいるんだって。本に載ってたんだから間違いないよな」

先輩は、最後にこういって話を終わらせたんだけど……。
……どう、葉子?
怖かった?
1.怖かった
2.全然、怖くない