晦−つきこもり
>三話目(藤村正美)
>D7
その言葉、確かに聞きましたわよ。
葉子ちゃんなら、大丈夫なんですのね?
嘘ではありませんわよね!?
…………よかったですわ。
これでやっと、肩の荷が降ろせます。
葉子ちゃん、なぜ私が、こんな話を知っているのか……。
不思議には思いませんでした?
私には死者の声が聞こえるのですわ。
だから、無念の死を遂げた霊が、私のところへ来て訴えかけるんですの。
自分の死ぬ間際の、映像までつけてね。
こんなことが毎日続いたら、耐えられませんわ。
実際に、この目で見えますのよ。
暗い水面と、つかまるところもない垂直の壁が。
私、このままでは、おかしくなってしまいそうですわ。
でも、葉子ちゃんは平気ですのね。
それなら、私の代わりに武内さんの霊を、引き受けてくださいますわよね。
ありがたいことですわ……うふふ。
正美おばさんが、嬉しそうに笑った。
変なおばさん。
こんなことをいい出すなんて、ちょっと意外だわ……。
そう思っていたとき、フッと背中に冷たい風を感じた。
やだ、すきま風?
振り向くと、そこに小さな顔があった。
半開きのまぶたの下は、空洞だ。
真っ黒な水に浮かんでいる。
何なの、これ?
私は、何を見ているの?
『無念の死を遂げた霊が、訴えかけるんですの……』正美おばさんの声が、頭の中でリフレインした。
まさか、あれは本当だったのかしら。
武内さんの霊に、捕らえられてしまったの?
これが、彼が死ぬ前に見た、最期の映像なの!?
生臭い臭いがしてきた。
いつの間にか、私のまわりには真っ暗な空間が広がっている。
武内さんは、何度も繰り返して、私にこの光景を見せるつもりなんだわ。
彼が満足するまで……?
いいえ…………私が同じ運命をたどるまで。
私にはもう、逃げ道はないんだ。
すべては闇の中に…
終