晦−つきこもり
>四話目(真田泰明)
>J13

僕は開いているドアが気になった。
部屋からは明かりが漏れている。

重い体を引きずりその部屋の前まで来た。
中には一人の初老の男がいる。
「大村さん……」
大村さんは振り返った。
「北田君、どうしたんだ」
彼は立ち上がると、僕に駆け寄った。

「すごい怪我じゃないか」
「実は……………………………」
僕は今までの出来事を彼に総て話した。
大村さんは黙って話を聞いた。
そして、話し終わった後も、しばらく黙って考え込んでる。
彼は突然、口を開いた。

「あのテープが残っていたのか………」
顔を真っ青にして、体は小刻みに震えていた。
「え、あのテープって……」
「あれを再生したのか?」
彼は独り言のようにいった。
「テープがどうしたんですか!」
僕は尋ねた。

「あのテープは私が録ったものだ」
「えっ……………………………… …」
次の言葉が出なかった。
そして、沈黙が続いた。
彼は言葉を続けた。
「20年前、私が録音したものなんだ」
言葉が震えていた。

「あれはあのとき処分したはずなのに………、それなのに何で倉庫に入っていたんだ」
彼の視線は宙を漂っている。
まるで遠い過去を見ているようだ。
「どうしたんですか、大村さん」
彼は答えない。

大村さんは茫然として、歩きだした。
ぶつぶつ呟きながら、階段に向かって行く。
「す、すまなかった……………、すまなかった…………」
僕はあとに続いた。
彼は一歩一歩、遠い過去の道をたどるように歩いている。
階段の前に来た。

大村さんは何のためらいもなく、階段を上がって行く。
僕は足を止めた。
「大村さん! 三階には悲鳴がいます」
悲鳴がいる、その言葉がぴったりだった。
(まさに三階には悲鳴という魔物がいるんだ………)

大村さんは階段の踊り場に達した。
そして曲がって、彼の姿は見えなくなる。
僕には、彼に付いて行く勇気はなかった。
大村さんの足音は徐々に小さくなり、そして消える。
大村さんの悲鳴が轟く。

そして、僕の意識は遠退いていった………。

北田君はその夜に警備員に発見されたんだ。
彼は命を取りとめた。
あとで大村さんの古い日記が発見されたんだけど、それにはあの悲鳴のテープが録音されたいきさつが書いてあったんだ。
大村さんは若い頃、映画が総てだと思っていたらしい。

そしてその時、ある映画のシーンで悲鳴が必要になったんだよ。
彼は街で通りすがりの女性をさらい、悲鳴を収録したらしい。
そして収録し終わったとき、その女性は恐怖のあまり死んでいたんだ。
彼は我に返ると、予想外のことに当惑した。

そして死体をスタジオの敷地内に埋めたと、日記には書いてあったそうだ。
警察がその日記に書いてあった場所を掘ると、白骨化した死体があった。
まあ、そのことについては既に時効だけどさ。

問題は大村さんを殺し、そしてあの夜、残っていたスタッフを殺した犯人だった。
生き延びたのは北田君、一人だ。
彼は悲鳴に襲われたという話をするだけだった。
もちろん警察はそんな話を信じなかった。

結局、外部からの侵入者の犯行ということになったんだ。
北田君の言動は、恐怖のあまりのことと扱われた。
でも俺は北田君の話は本当のことだと思う。
あるんだよ、あのテープがあの倉庫に。
今はいくら再生しても悲鳴に襲われるということはない。

多分、復讐を終えたからだろう。
葉子ちゃん、何の気無しに見ているドラマや、映画の悲鳴の中に、人が本当に死んだときの悲鳴が、使われているかもしれないよ………。


       (五話目に続く)