晦−つきこもり
>四話目(前田和子)
>P6

「泰明さん、どうしてここにきたんですか?」
「えっ?」
「哲夫おじさんが倒れていたのって、あっちの方ですよね」
「…………」

「あ、ごめんなさい。なんかちょっと気になって。私、昔あの石のところで何かしたような気がして……」
泰明さんは、急に険しい表情になった。
やだ、私、まずいこといった?

「葉子、とにかく戻ろうよ。ここ寒いじゃん」
由香里姉さんが、私の肩を叩いた。
泰明さんは、無言で歩き始める。
続いてみんなが、家に向かって歩いていった。

「みんな、先に行っていてくれないか」
突然、泰明さんがそんなことをいいだした。
「あら、どうして?」
首をかしげる和子おばさんに、泰明さんが柔らかい笑顔を向ける。

「葉子ちゃんが、ちょっと疲れちゃったみたいですから。一緒にここで少し休んでから行きますよ」
「あら、そう」
みんなは、再び歩き始めた。
良夫が振り向き、こっちを見る。
泰明さんの態度が変だって思ったのかしら。

でも、和子おばさんに引っ張られて、みんなと家に入ってしまった。
……何だろう、この不安感は。
みんなが見えなくなると、泰明さんは急に私の肩を強く掴んだ。
「葉子ちゃん、俺のこと好きだよね」
……え?

いきなり何?
「だったら黙っててくれないかなあ」
泰明さんは、顔を歪めて笑った。
なに、これ。
泰明さんって、こんなに嫌な笑い方をする人なの?

「まいったよ。和子おばさんなんて、いきなり宝探しとかいいだすしさ」
泰明さんは、哲夫おじさんが倒れていた所に向かって歩き始めた。

「忘れたふりをして、適当にごまかそうと思っていたけど……思い出したのか? あの時、石の下に埋めたものを」
「えっ?」
「埋めたのは、宝なんかじゃないけどね」
泰明さんはそういうと、私の肩を掴む力を強めた。

「葉子ちゃんが四才くらいの時だな。そう、良夫なんて産まれたてだ……」
「泰明さん、痛い」
「和子おばさんは、良夫を産むとしばらく寝込んだんだ。難産だったからな。その間、俺や葉子ちゃんの家族がこの家に来て、手伝いをしたんだよね」

「痛い、離してください」
泰明さんは、力をゆるめてくれない。
「だけど、良夫が生まれた日……俺が、良夫を抱いて、階段を下りていた時だ。誤って落としちゃったんだよ」
「えっ……」
「良夫は、赤ん坊の時、階段から転げ落ちて死んだんだ」

「だって、良夫は生きているじゃない」
「あれは本当の良夫のじゃない。
俺が……昔つきあっていた女が産んだ子なんだ」
「な……」

「赤ん坊をトレードしたんだよ。
誰にも見つからないように。死んだ赤ん坊は、あの石の下辺りに埋めた……。葉子ちゃん、君は見てしまったんだよな。赤ん坊を埋めていた夜、突然後ろから声をかけてきて」
泰明さんは、私の肩に置いた手を首に移動させた。

「もう、赤ん坊はほとんど土の中に隠れていた。話しかけてくる君に適当な返事をして、急いで土を被せたんだけど」
私の首を掴む泰明さんの手に、力がこもる。

「まさか、それを和子おばさんが見ていたとはな。でも、おばさんが寝込んでいた時だったから。熱がある頭で、ぼうっとしながら見ていたんだろう。夢かなにかとごっちゃになっているのかもしれない。宝物を埋めたと思うなんて……」
「く、苦しい」

「人間の記憶って不思議だよな。
肝心なことは思い出せなくても、印象的な場面はいつまでも忘れないんだ」
私、このまま殺されるの?
この先、どんな未来もないの……?
泰明さんの顔がぼやけていく。
意識が遠くなっていく……。

「葉子ちゃんは小さかったし、夜だったし、暗くてわからなかっただろうと思って放っておいたんだ。でももう駄目だな。本格的に口封じをしないと。どうしてほしい?
死ぬのは嫌?
だったら、黙っていてくれるよね?」

泰明さんは、これ以上ないくらいに、歪んだ笑いを見せた……。


すべては闇の中に…
              終