晦−つきこもり
>四話目(前田和子)
>Y9

「じゃあ、誰か棚をずらしてよ」
和子おばさんに従って、泰明さん達が棚をずらした。
「さ、葉子ちゃん、見てみて」

棚の裏側を覗いてみると……。
古ぼけた紙が、二つ折りにされていた。
「何かしら」
ゆっくり開いてみる。
これ、手紙かなあ。
タイムカプセルみたいに、自分にあてた手紙だったりして。

「葉子、読ませてよ」
由香里姉さんが覗きこんできた。
「えーと……何これ、全部悪口じゃない」
「えっ、ちょっと待ってください、由香里姉さん」

「やだ、葉子、
何で正美ネエの悪口を書いてるの?」
紙には、正美おばさんに注射を打たれてすごく痛かった、等の不満がぎっしりと書きこまれていた。
私、看病か何か、してもらったのかしら。
でも、この書き方はひどいわ。

正美おばさんのことを、鬼とか、悪魔とかいっている。
「鬼……ですか」
う、正美おばさん……。
「あ、あらごめんなさい。私、てっきり宝物を隠したと思いこんでいたのよ」
和子おばさんが慌てる。

「結構ですわ。葉子ちゃんは、この時苦しかったのでしょう。色々いいたくもなりますわよね」
正美おばさんは紙を手に取り、ニコリともせずにいった。
う、まずい。
全然覚えてないけど、こんなことしたんだ……。

「お、俺、知らないよ」
良夫が逃げ出そうとした。
そうだわ。
良夫が、私と一緒に手紙を隠したのよね。
だったら、書いたのは良夫かも。

「待ちなさいよ、良夫」
「なんだよ。それを隠したのは、葉子ネエが小学生の頃だろ。俺なんか幼稚園じゃないか。あんなに字、うまく書けないぜ」
う、それもそうか。

「一緒にあんな手紙を隠したなんて……人聞きが悪いよな。たぶん、その場にいただけじゃないか?
俺は知ーらないっと」
そ、そんなあ……。
「まあまあ、もう戻ろうよ」
泰明さんが促した。
「ええ、戻りましょう」
あれ、正美おばさん、やけに素直ね。

……そうよね。
正美おばさん、優しいもの。
大丈夫よね。
あ、何だろう。
正美おばさん、悪口が書いてある紙を、ポケットにしまってる。
……何で?
あんなものとっておいて、どうしようというんだろう。

私は、なんとなく腕に手をあてた。
昔、注射された……か。
……そういえば。
紙には、具合が悪かったなんて一言も書いてなかったわ。
正美おばさん、私に何の注射を打ったのかしら。
何かの実験をしようとしたとか。

まさかね。
宇宙人に捕われた人じゃないんだから。
そんな過去、あるわけがないわ。
「葉子ちゃん、早くいきますわよ」
正美おばさんにせかされ、客間に戻る。

「大変だったな、葉子ネエ。今度はちゃんとしたタイムカプセルを作りなよ。なんだったら、俺も協力するからさ」
良夫が、ヘラヘラ笑ってちゃかしてきた。
ふんっ。
そんなこと、しないわよ。
過去は過去のままにしておいたほうが、いいのかもしれない。

後悔しても、懐かしがっても、時間は戻せないから。
気まずい雰囲気の中、和子おばさんが大きめな声でいった。
「じゃあ、次の話に期待しましょうか……?」


       (五話目に続く)