晦−つきこもり
>四話目(山崎哲夫)
>A11

「ステキね」
私がそういうと、哲夫おじさんは満足そうに何度もうなずいたわ。
そして、話を続けたの。
ただな……。
不思議なことが一つだけあるんだ。

彼と別れた後、自分は、つい名残惜しくて後ろを振り返ったんだがな。
たった今別れたばかりだっていうのに、彼の姿が見えないんだ。
それどころか、自分が夜を明かした山小屋すら見当たらなかった。

これってどういうことなんだろうな……。
…………と、哲夫おじさんが言葉を切った時。
「て、哲夫さん……」
震える声で名前を呼んだのは、正美おばさんだった。
どうしたんだろう?
ひどく顔色が青ざめてる。

「大丈夫なの? 正美ちゃん。
具合でも悪いの?
「無理するのはよくないよ、少し休んだら?」
正美おばさんは、ガタガタと震えながらも、注意深く哲夫おじさんの顔を見つめてる。
今の哲夫おじさんの話に、何か重大な秘密が……?

「哲夫さん……、あなたはね、悪魔に魂を取られてしまったのよ」
「え……?」
「山小屋も、ご馳走も、みんな悪魔の罠……。哲夫さんはね、食事を得る代わりに、命を失ってしまったの」
……そういえば哲夫おじさんは、ご馳走になった後、

『雨にうたれた後に食べる温かい食事っていうのは、何よりも素晴らしい価値がある』
……という、謎の男の人の意見に賛成してたわ。
「食事には、何よりも……。つまり、命よりも素晴らしい価値があるって意見に同意してしまったのよ!」
その瞬間……!

哲夫おじさんの身体がグラリと揺れ、そのまま畳の上にドサリと倒れてしまったの!
「あらやだ、どうしちゃったの!?」
慌てて、和子おばさんが助け起こすと……。
哲夫おじさんの顔からは血の気がすっかり失せ、紙のように白くなってた。

死相だ……!!
おばあちゃんが死んだ時と同じ。
青みを帯びた死相が浮かんでる……。
…………てことは、哲夫おじさんは……!!
正美おばさんは、じっと時計を見ながら脈をはかり……。

「…………」
何もいわず、静かに首を横に振ったの。
私の頭の奥で、山に住むという悪魔のけたたましい笑い声が響いてた…………。


すべては闇の中に…
              終