晦−つきこもり
>四話目(鈴木由香里)
>A4

やっぱり。
女の子なら、誰でも一つ、二つ持ってるもんだよね。

パワーストーンっていえば、ブームになったのはわりと最近のように思われがちだけど、意外とその歴史は古いんだよ。
古代から、宝石は御守りとして珍重されてたんだから。
ダイヤモンドやルビーっていうのは、ずっと高級なパワーストーンなんだよ。

ほとんどが解毒や、精神安定に用いられてたっていうんだけど……。
なんだか、うっとりするような話だよね。
私のバイトしてたショップは宝石専門店じゃないからさぁ。
残念ながら、高級な宝石は扱ってなかったよ。

でも、それ以外のパワーストーンの品揃えなら、他のどんなショップにも負けないって自信はあった。
店内の半分を占めるパワーストーンのコーナーには、いつも色とりどりの石が並べられてたもん。

そのコーナーの中央にデーンと置かれてたのが、ダチョウの卵くらいの大きさの青い石だったの。
「この石は邪を祓い幸運を呼び込む、このショップの守り神様みたいな物なのよ」
……って、マザー・アンジュはいってたっけ。

あれはバイトの初日だったと思うなぁ。
その時……。
私はその石に対して、漠然とした恐怖みたいなものを感じてたんだ。
まだ、もやもやしてて言葉では言い表せなかったけどね……。

さっきもいったように、ショップの店長であるマザー・アンジュって占師が本職だからさぁ。
当然ショップの中には彼女の占いの部屋があって、連日いろんな人が悩みを抱えて来るわけさ。

……まぁ、悩みが一つもなくて、自分の現状に充分満足してる人っていうのは、あんまり占いとかおまじないに頼ったりはしないよね。
それでさぁ、精神状態がマイナス思考に走ってる人が集まる所には、自然とマイナスの気ってやつが溜まりやすくなるっていうじゃん。

そういう場所には気を付けないといけないんだよ。
マイナスの気が溜まった場所にいると、全く関係のない人にまでマイナスの気が移っちゃうんだから。
……そうだなぁ。
例えば、この家のトイレ。

母屋から離れた所にあるうえに、電灯が薄暗くて頼りないじゃん。
そこには何のいわくもないんだけど、たまたま夜中にトイレに起きた葉子が、
『薄暗くって、気持ち悪いな……』
って、思ったとするよ。

するとね、その『気持ち悪い』ってマイナスの気がトイレに残るのさ。
まだ、ほんのわずかだけどね。
だけど、その後トイレに人が入る度に、
『なんだか気味が悪い』
……とか、
『不気味な気配がする』

……って思うようになり、あっという間にトイレの中には巨大なマイナスの気の渦ができあがるんだよ。
類は友を呼ぶ……じゃないけどさぁ。
マイナスの気には、邪念とか悪い霊とかを呼び込む質があるからね。

トイレがゴーストスポットになるのも、時間の問題ってこと。
でも、その原因を辿っていけば、葉子がふと思った『気持ち悪い』に行き当たる……。
わかりやすくいえば、こんなところだよ。
ショップの話に戻るけどさぁ……。

閉店時間が近付く頃になると、店内のあっちこっちに、気のかけらみたいな物がチラホラと漂ってるんだ。
お客さんの忘れ物……みたいな感じでね。
だけど不思議なことに、翌朝にはきれいさっぱり見えなくなってるのさ。

マザー・アンジュは、たぶんこの状態を見て、例の石が祓ってくれてると思ってたんじゃん?
私にも、その石が普通の石でないことはわかってたよ。
もちろん害を持った石じゃないことも……。
それでも、私が最初に感じた恐怖は、消えることはなかったんだ。

あのもやもやとした、言葉にも形にもならないような漠然とした感覚……。
それが現実のものとなる日が、ついに来たのさ。
その日……。
私は、朝から重い頭痛に悩まされてた。
なんだか嫌な予感がする……。
ずっとそう思ってた。

それに、例の石が気になってしょうがないんだ。
なんとなく黒味を帯びてきてるような…………。
そんなふうに思えてさ。
仕事の合間にも、できるだけ気に掛けるようにはしてたんだ。
でも、特に何もなく時間が過ぎていくばかりだったよ。

そして、もうすぐ閉店時間を迎えようかって時……。
ピシッ……!
って音がして、例の石がパカッと割れてしまったのさ。
石は真っ黒く変色し、その断面からどす黒い煙のような物を吐き出してたよ。
その黒い煙がショップ中に充満していって……。

目の前は見えないし、おまけにひどく嫌な臭いがしてさぁ……。
もう耐えられないって感じで、私はその場から逃げ出したんだ。
あのショップには行けないな……。
……なんて思いながら。
あの石……。

ラピスラズリだったと思うんだけど……。
あれは、
『邪念を祓って幸運を呼ぶ石』
……じゃなくって、
『悪いモノを吸い取ってくれる石』
だったのさ。

ショップ内に残された悪いモノを、吸い取れるだけ吸い取って…………。
ついに、限界に達して割れちゃったんだよ。
かなりの量になるんじゃないかなぁ……。
その悪いモノの中には、もちろん、私の抱いてた恐怖も含まれてるんだろうね。

ほんの些細な感情だったと思ってるけど……さ。
どう、葉子?
パワーストーンっていっても、万能な御守りじゃないってことがわかった?
マザー・アンジュのような、その道のプロだって今回みたいな誤解をしてるんだから。

ちゃんと自分にあった石を、用途に合わせて持つことだね。
私は、そこのバイトを辞めたよ。
まだショップ自体は営業してるようだけど、あんまり流行ってないみたい。
私だって近付きたくないもん。
それこそ、変なモノを拾いかねないからさ。

あの店、今じゃ悪い霊や邪念の吹き溜りと化してるよ。
近いうちに、きっと何かが起こるんじゃないかなぁ……。
……じゃ、私の話はこれでおしまい。
次へ行こうか。


       (五話目に続く)