晦−つきこもり
>四話目(鈴木由香里)
>Q4

ファンレターっていうのかなぁ……。

驚いたことに、その手紙には感謝の言葉がいっぱい書かれてたんだ。
文面から見て女子高生だろうと思うんだけどさぁ。
なんでも、私の作った呪詛人形のおかげで呪いが成功したんだって。

『今まで、自分で作ったり、通信販売で買ったりした呪詛人形を試したんだけど、全然効果がありませんでした。でも、由香里さんの作った呪詛人形のおかげで、やっと、私の呪いが成功したんです。本当にありがとうございました……』

便箋三枚にわたって、こんな内容のことがダラダラと書かれてたよ。
「どうかしたの? 由香里さん」
マザー・アンジュが心配そうな顔をしてた。
嫌がらせの手紙と思ったんじゃん?

だからさぁ、私、安心させなきゃと思って、
「心配ありませんよ。ただのイタズラです」
って、彼女に手紙を見せたんだ。
本当にそう思ってたし、今でも、あの最初にもらった手紙はイタズラだと思ってる。

具体的な内容が、一切、書かれてなかったから……さ。
第一、うちのショップで扱ってた呪詛人形は、全部マザー・アンジュの呪詛人形として販売されてたんだもん。
私宛で感謝の手紙が来ることからして変じゃん。
知り合いのイタズラと考えるのが普通だよね。

でもね、感謝の手紙が届いたのはこれだけじゃなかったんだ。
ショップに届く私宛の手紙のほとんどが、呪詛人形を買っていったお客からの感謝の手紙だった。

最初に届いたイタズラっぽい手紙じゃなくて、どういう人を呪って、どんな結果が出たかっていうのが説明されてるものや、自分の住所、氏名がはっきりと書いてあるものが増えてきてたのさ。
やっぱり若い女の子が多かったよ。

呪いの理由も様々だけど、一番多かったのが、やっぱり恋愛がらみだったと思う。

呪詛人形を使った呪いの結果っていうのも、呪われた人が風邪を引いたとか、足を捻挫したとか、親に叱られたとかっていう、日常の中で起こりうるトラブル程度のもので、人を呪い殺した……なんていうのは、全然なかったんだ。

今時の女子高生が、丑の刻参りの手法を知ってるとは思えないしね。
ただ、不思議なことにさぁ、マザー・アンジュの呪詛人形を買ったという人からは、なんの連絡も入ってこないのさ。
感謝の手紙の宛て先は、すべて『鈴木由香里様』なの。

どうしてみんな、私の作った呪詛人形か、マザー・アンジュの作った呪詛人形かの見分けがつくんだろう?
パッと見ただけじゃあ、そんなに差があるようには思えないんだけどなぁ。

私の呪詛人形の評判ばかりが高まっていく中、マザー・アンジュの胸の内をどんな風が吹いていたのか……。
彼女は、だんだん笑わない人になっていったよ。

ちょうど爆発的な占い旋風が過ぎ去って、マスコミが遠ざかっていったっていうのも、マザー・アンジュの悩みの一つだった。
目付きが険しくなり、占いの方の評判も少しずつ落ちていったんだ。

以前は私の体調や心理状態まで鋭く感じ取ってくれて、御守りや、さり気ないアドバイスを与えてくれてたのに……。
そんなだから、私とマザー・アンジュとの間にも、妙な緊張感が漂っちゃってさぁ。
チクチク……、チクチク……。
マザー・アンジュの視線が痛いんだ。

チクチク……、チクチク……。
こういう状態を昔からある言葉でさぁ……。
ほら、何ていうんだっけ?
1.石の上にも三年
2.針のむしろ
3.鬼のいぬ間の洗濯
4.何だったかなぁ……