晦−つきこもり
>四話目(藤村正美)
>B4

私たち、意見が合いましたわね。
嬉しいですわ。
そうやって、毎日お世話をしているうちに、彼の様子が変わってきたのですわ。
元気がなくなって、あまりしゃべらなくなるし、それになんだか、肌がカサついてきたような……。

もちろん、検査はしましたとも。
これといって、悪いところは見当たらないんですわ。
なのに、どんどん、具合が悪くなっていくんです。
得意の軽口も出なくなって。

「風間さんらしくない」
って、みんなでいったものですわ。
ああ、風間さんというのが、その患者さんの名前なんですの。
そして、とうとう彼は、ベッドから起き上がることもできなくなりました。
それで、仕方なく、手術をおこなうことになりましたの。

手術室に運び込まれたときには、風間さんの顔色はもう、土気色といってもいいくらいでしたわ。
担当医は早速、メスを彼の体に入れようとしました。
刃先が、軽く触れたときでしたわ。
枯れ葉を踏むような、軽くて乾いた音がしたんです。

よく見ると、メスが触れた部分の皮膚が、ぱっくりと裂けていたんですわ。
しかも、その裂け目は、見ている間にも大きくなっていくんです。
どす黒い皮膚が破れると、その下の赤ん坊のような、ピンクの肌が現れます。

裂け目は、どんどん広がっていきます。
こんなことってあるんでしょうか!?
これでは、まるで……。
「いやあ、まいったなあ」
突然、麻酔で眠っているはずの風間さんが、声を出しました。

そして立ち上がったのですわ。
「まさかとは思ったけど、こういうことだったとはなあ。みなさん、お騒がせしました。これは、風間一族の成人の儀式なんですよ」
風間さんは、ニコニコと笑っていました。

「だけど、こんなに苦しいとは思わなかったな。病気かと思って、入院しちゃったよ」
独り言をいいながら、彼はドアへと歩いていきます。
その後ろに、はがれ落ちた古い皮膚が、ボロボロと落ちています。

この頃にはもう、風間さんの体は、まるで磨きたてたように、みずみずしい光を放っていましたわ。
ドアを押して出て行こうとする彼に、医師があわてて声をかけました。
「ま、待ってください! せ、成人の儀式って、いったい!?」

彼はゆっくり振り返り、立てた人差し指を、左右に振って見せましたわ。
「チッチッ。見てわかりませんかねえ。脱皮ですよ、ダ、ッ、ピ。
昨日までとは違う、生まれ変わった僕ってことです。フフフ」
よくわからないことをいって、風間さんは出て行ってしまいました。

だけど……葉子ちゃんは、脱皮したことあります?
ありませんわよねえ。
普通、しないですものねえ。
私たちは、そのまま数分間、呆然としていたと思いますわ。
それから気づいて、あわてて風間さんの病室に行ってみたんです。

…………誰もいませんでしたわ。
荷物は残っていたので、手術着のまま出て行ったのかもしれませんわね。
彼なら、それくらい、やりかねないんじゃないかしら。
とにかく、それ以来、彼の姿を見かけた者はいません。

彼の正体も、わからないままですわ。
医師たちは、とても残念がっていましたけれど、私はもう会いたくありませんわねえ。
私の話は、これで終わりですわ。
次はどなたかしら。


       (五話目に続く)