晦−つきこもり
>四話目(前田良夫)
>A7

度胸あんなあ!
それとも、単なるバカ?
毒が入ってるかもしれないのに、食うってわけ?
俺はごめんだよ。
ぜーったいにやだね。
だから断ったんだ。
「そんなもん、いらねえよ」
ってさ。

園部は、何か一瞬、悲しそうな顔したよ。
あんなひどいことするヤツだって知らなければ、同情しちゃうような顔をさ。
「かわいそうじゃんかよ。園部いじめんなよ」

そのとき、江藤が割り込んできたんだ。
園部から包みを取り上げると、中からカップケーキを出した。
「いただきまーす」
そういって、口に放り込んじゃったんだよ。

止める間もなかった。
その日は、それで終わったんだけどさあ。
それから、一週間くらいたってかな。
江藤が学校を休んだんだ。
健康だけがとりえみたいなヤツだし、あそこんちの母ちゃん怖いんだよ。

ちょっとくらいのことで「休む」なんていったら、ぶっ飛ばされちまうんだぜ。
だから、江藤が休むなんて、すごく珍しいことだったんだ。
何となく気になって、放課後あいつの家に行ってみた。
誰もいないみたいだから、裏から庭にまわろうと思ってさ。

そしたら、庭の方から物音がするんだよな。
パジャマ姿の江藤が、庭先でしゃがんで何かやってんだよ。
「何だ、元気そうじゃん」
俺の声に、江藤がガバッと振り返った。
口のまわりが、真っ赤に染まってる。

やっぱり赤く汚れた、パジャマの胸に抱きかかえてるのは……。
江藤んちで飼ってるトラ猫だった。
首のところがパックリと切り裂かれてる。
俺、腰を抜かしそうになっちゃった。

たぶん、悲鳴もあげたと思うよ。
トロンと半分目を閉じた江藤は、猫の死体を捨てて、立ち上がった。
俺に向かって歩いてくる。
「え、江藤! やめろよ、冗談だろう?」

少し開けた真っ赤な口から、細い糸みたいなもんが見えてる。
それをユラユラさせながら、江藤は俺の肩をつかんだ。
ものすごい力で、肩の肉が引きちぎられちゃいそうだったぜ。
江藤は、グイッと俺を引き寄せて、口を開けた。

牙みたいにとがった、よく刺さりそうな歯が見えたよ。
「やめろおーーっ」
俺は叫んだけど、江藤には通じないだろうってわかってた。
なのに、江藤の動きが止まったんだ。
「大丈夫よ、この笛の音でマヒしてるから」

すぐ側で、園部茜の声がした。
いつの間にか、変な形の笛持って、俺たちの横に立ってたんだ。
「お、おまえ、何したんだよ!?」
「あのケーキには、ある種の植物の種を入れといたの。江藤君のお腹の中で、その芽が出たってわけ」

アッサリと、園部は答えたよ。
宿題の範囲を教えてくれるような、そんな簡単ないい方だった。
「とても特殊な植物で、生き物の口や、傷から入って寄生するんですって。寄生された生き物は、温かい血が何よりの好物になるそうよ。おもしろいわよねえ」

そういって、クスクス笑うんだ。
「それじゃあ、連れてた犬も…?」
「そうよ。栄養を取らせなきゃならなかったから、学校のウサギを狙ったの。あの犬から収穫した種を、ケーキに入れたのよ。前田君が食べてくれなかったのは残念ね」

俺、なんだか震えが止まんなかった。
園部は、本当に魔女……ううん、悪魔だったんだ。
「本当なら、秘密を知った者は殺しちゃうのがいいと思うんだけど。でも、前田君が、これから私の研究を手伝ってくれるなら、助けてあげてもいいわ」

園部はそういって、ニコッと笑った。
だけど、そんなの信じられるかよ。
俺、園部を突き飛ばして笛を奪い取ったんだ。
それから、口に当てて思いっきり吹いた。
……………………………………。

でも、何の音もしなかったんだ。
だまされた!?
頭がカーッとなった。
こうなったら、友達だろうが女子だろうが、ブン殴ってでも逃げてやる!
……ところが、江藤も園部も、その場に突っ立ったまま動かないんだ。

俺には聞こえない笛の音が、こいつらには聞こえるのか?
なら、何度も吹けば、もっと長い間マヒするかもしれない。
その間に、逃げられるじゃないか!
俺は息の続く限り、音のしない笛を吹き続けた。

「やめてえっ!」
園部が悲鳴のような声をあげた。
その口の中に、ユラユラしてる糸が見えた。
「その笛は、耳には聞こえない高周波の音を出してるのよ!
このままじゃあ、振動で……振動でぇ!」

ボッと変な音がした。
それから、園部と江藤の口の中に、チロチロと赤い何かが見えた。
赤い何かは大きくなって、メラメラ燃えだしたんだ。
あいつら、体の中から燃えてたんだよ!

「ギャアアアッ!」
大きく開けた口から、悲鳴と炎があふれ出てる。
目玉が飛び出して、どろっと流れ落ちた。
開いたまぶたの間からも、炎がゴーゴーと巻き上がってるんだ。

「オ……オオ……」
やつらは、ヨロヨロと俺に向かって歩いてきた。
目や口から出ている炎が、髪の毛や服に燃え移って、火でできた人形みたいだった。
鼻にツーンと来るような、いやな臭いがしてたな。
このままここにいたら、巻き込まれるかもしれない。

俺は逃げ出したんだ。
江藤の家は、火事になって燃えちゃったってさ。
変な植物とかも、燃えてなくなっちゃったよ、たぶん。
だから安心していい……と思うんだけど。
不思議なのはさ、何であいつらの体の中の植物が、燃えたかなんだよなあ。

園部は『コウシュウハ』がどうのとか、『シンドウ』がどうのとかいってたけど……。
なんのことなんだろ?
まあ、いいや。
俺の話は、これでおしまい。
怖かった?


       (五話目に続く)