晦−つきこもり
>四話目(前田良夫)
>B9

ええ!?
葉子ネエ、本気でいってるわけ?
園部の上履きは、白だったっていったじゃん。
白だったんだよ。
……それなのに、転がってる上履きは、青かったんだ。
園部の上履きじゃない。

俺、不思議だと思って、上履きに近づこうとしたんだ。
そしたら突然、後ろでバターンとでかい音がした。
見たら、閉まったドアの前に園部がいたんだ。
ニターッと不気味な笑いを浮かべてさ。

「やっと二人きりになれたわね……前田君」
ゾッとした。
あいつを追い詰めたつもりだったのに、反対に追い込まれてたなんて。
園部は、手にさっきと同じケーキを持ってた。

「これを食べて、前田君。あなたのために、頑張って作ったのよ」
「いらねえよっ!」
俺は叫んでやった。
目の前で、江藤があんな目にあったのに、食えるわけないじゃん。

でも園部は、ケーキを持ったまま近づいて来るんだ。
「そんなこといわないで……ねえ」
声は甘ったるかったけど、目は俺をにらんでる。
ムリヤリにでも、毒入りケーキを食わす気なのか?

園部はずんずん近づいてくる。
俺は少しずつ後ろに下がってさ、端っこにまで追い詰められちゃったんだ。
これ以上下がったら、落っこっちまう。
一か八か、園部を突き飛ばしてでも逃げるしかないか?

そう思ったとき、俺の足を誰かがつかんだ。
「ケーキ……食えよお……前田……」
へりから乗り出して、俺の足を抱えてるのは……江藤だった。
青黒い顔で、口からは、まだダラダラ血を流してる。

校舎の壁には、一階の窓からベットリと血のあとが続いてたよ。
「わあああっ!」
俺は叫んで、江藤をけとばした。
足から離れた江藤の指から、水みたいな液体が飛んだのが見えた。

落ちたかと思ったよ。
だけど、ヤツの下半身はピタッと校舎の壁にくっついて、ビクともしなかった。
液体は、俺の足にもついてたぜ。
さわるとヌルヌル、ベトベトして、糸引いてさ。

このベトベトのせいで、落っこちないんだ。
これを使って、壁もはい登って来たんだろうな。
白いビニール張ったみたいな目が、きょろきょろと見回してる。
顔は同じだけど、こいつは俺の知ってる江藤じゃないぜ!

そう思ったら、体が震えちゃってさあ。
その、ほんのちょっとの隙に、江藤が飛びかかってきたんだ。
溶けた水あめみたいにデロデロした腕が、俺に巻きついた。
「さあ、あきらめなさい……」
目の前に、園部のギラギラした目が迫ってくる。

俺が、必死に食いしばった歯の間から、強引にケーキをこじ入れようとするんだ。
それで…………。
「ぷっ」
突然、泰明さんが吹き出した。
「良夫君はテレビっ子だなあ。それって、先月放映の『学校であった怖い話』で、やってたネタだよね。観たのかい」

話の腰を折られた良夫は、キョトンと泰明さんを見上げている。
「駄目駄目、俺は本職なんだからさ。テレビネタでごまかそうとしても、通じないよ」
泰明さんはニコニコしている。
……ああ、そうか。
良夫の馬鹿、テレビで観た怖い話を、自分の体験のような顔して話したってわけね。

でも、それでバレちゃったら、しょうがないのに。
本当に、考えが足りないんだから。
良夫は、プウッとふくれっ面をした。
「つまんねーの。知ってたって、最後まで黙っててくれりゃあいいじゃんか」

泰明さんに、八つ当たりしてるわ。
まったく、なんてヤツ。
「まあまあ、許してくれよ。機嫌を直して、次の人の話を聞こう」
泰明さんって、良夫の馬鹿なんかにもやさしいのね。

「……ちぇっ」
良夫は、足を投げ出して座りなおした。
その拍子に、手が私の腕に触れた。
ぬるっという感触。

そのとき、私には確かに見えた。
良夫の手から、透明な粘液が出ているのを。
腕を見下ろすと、確かに液体のような物がついている。
なんなのかしら、これ?
良夫のことだからきっと、オヤツを食べて、そのまま手を洗わなかったんだわ。

でも、透明な粘液って……?
「葉子ちゃん、
どうしたんだい?」
泰明さんが、私を見つめてる。
「い、いいえ。なんでもないでーす」
そうそう、早く話を進めなきゃ。
考えすぎに決まってる……………たぶん。


       (五話目に続く)