晦−つきこもり
>四話目(前田良夫)
>G9

だろ、だろ?
だから俺、一番近くの教室に入ろうと思ったんだ。
ドアに手をかけた瞬間、でかい音がしてさあ。
ドアの上半分についてるガラスが割れて、ガラガラーッと俺の上に落ちてきた!

「わあっ!」
俺、思いっきり後ろにジャンプした。
何分の一秒か遅れて、目の前の床にガラスが落ちて、がちゃがちゃ砕けてく。
あと少し遅かったら、危ないとこだったぜ。

でも、ガラスがなくなったおかげで、ドアを開けなくても中が見える。
園部はいなかった。
ほかの教室か?
……そうおもってたとき、離れた教室でガラスの割れるような音がした。

「あっちか!」
廊下の一番端っこの教室に、俺は飛び込んだ。
そこに、園部はいたよ。
窓ガラスが一枚以外、全部割れてた。
園部は、その一枚だけ残ったガラスを見つめていたんだ。

ガラスの中には、園部自身が映っていた。
……と思ったら、ガラスの中の園部が動き出したんだ!
見ている方の園部が、全然動いてないのにだぜ!?
ガラスの中の方は、ニイッと笑っていたよ。

「あなたの……あなたのせいなのね!?」
こっち側の園部が叫んだ。
その瞬間、園部の映っていたガラスが砕けた!
「きゃあーーーーっ!」
破片が、園部に向かって飛び散った。

「おい、園部!」
俺、倒れた園部に駆け寄った。
もしも魔女だとしても、好きで自分に、ガラスをぶちまけたりはしないだろ。
顔の上のガラスをどけたら、目を閉じてたけど、ケガはないみたいだった。

「園部……おい、大丈夫かよ」
俺の声を聞いて、園部が目を開けた。
「前田……君」
でっかい目が俺を見た、と思った次の瞬間、園部は寝たまま、ビクッと飛び上がった。
うるさい音を立てて、ガラスがすべり落ちる。

「園部!?」
「あ……ああーっ!」
突然、園部の頬が、ボコッとふくらんだんだ。
どんどんふくらんで、皮膚の表面にピッと裂け目が入った。
その裂け目から、押し出されるようにして、三センチくらいのかたまりが飛び出した。

きらきら光る、ガラスのかけらだったんだよ。
今まで傷一つなかったのに。
まるで、体の中にガラスができて、外に出てきたみたいだったな。
見ている間にも、園部の顔はボコボコとゆがむんだ。

そして、皮膚を押し破るようにして、ガラスのかけらが次々に飛び出してくる。
「ひいっ!」
たまらなくなって、俺は逃げ出した。
ガラスの割れる音が、何回も繰り返し響く。

俺を追いかけてるみたいだ。
全速力で逃げたよ。
あんなに早く走ったのは、生まれて初めてだったなあ。
……気がついたら、俺は校庭に立ってた。
見上げたら、四階の端っこだけ、窓ガラスが全部割れてる。

あの中には、園部が倒れてるんだ……。
そう思ったら、気味悪くなっちゃってさ。
カバン取りに行くのもあきらめて、帰ることにしたんだ。
俺は早足で、校門に向かった。

「きゃーっはははは!」
校舎の方から、キンキンした笑い声が聞こえた。
思わず振り向いた俺の目の前で、四階の割れた窓から、園部の体が飛び出した。
頭を下にして、手と足をダランと放り出して…………。
投げ捨てられた人形みたいだったよ。

地面にたたきつけられて、ぽーんと跳ねてたっけ。
「きゃーっはははは! あっはっはっは!」
また高笑いが響いた。
俺は、急いで駆け出したよ。
家に着くまで、一回も立ち止まらなかった。

……園部は事故で死んだってことになったよ。
先生が、そういったんだ。
園部のポケットには、壊れた鏡の枠だけが入っていたってさ。
そういえば、水槽が割れてたとき、一緒に鏡も落ちてたよな。
……それが、何か関係あるかどうかは、わかんないけどさ。

あ、そうそう。
江藤は無事だったんだぜ。
何か、ケーキの中にガラスのかけらが混じってて、それで口切っちゃったんだって。
俺、あきれちゃったよ。
でも……園部茜の事件って、初めから終わりまで、ガラスに関係あったみたいだよな。

そんな感じしない?
俺の話は、これでおしまいだよ。
次の人は誰だ?


       (五話目に続く)