晦−つきこもり
>四話目(前田良夫)
>I7

そうだよなあ。
怖いもん、もらえっこないよ。
だから断ったんだ。
「そんなもん、いらねえよ」
ってさ。

園部は、何か一瞬、悲しそうな顔したよ。
あんなひどいことするヤツだって知らなければ、同情しちゃうような顔をさ。
「かわいそうじゃんかよ。園部いじめんなよ」

そのとき、江藤が割り込んできたんだ。
園部から包みを取り上げると、中からカップケーキを出した。
「いただきまーす」
そういって、口に放り込んじゃったんだよ。

止める間もなかった。
その日は、それで終わったんだけどさあ。
それから、一週間くらいたってかな。
江藤が学校を休んだんだ。
健康だけがとりえみたいなヤツだし、あそこんちの母ちゃん怖いんだよ。

ちょっとくらいのことで「休む」なんていったら、ぶっ飛ばされちまうんだぜ。
だから、江藤が休むなんて、すごく珍しいことだったんだ。
何となく気になって、放課後あいつの家に行ってみた。
誰もいないみたいだから、裏から庭にまわろうと思ってさ。

そしたら、庭の方から物音がするんだよな。
パジャマ姿の江藤が、庭先でしゃがんで何かやってんだよ。
「何だ、元気そうじゃん」
俺の声に、江藤がガバッと振り返った。
口のまわりが、真っ赤に染まってる。

やっぱり赤く汚れた、パジャマの胸に抱きかかえてるのは……。
江藤んちで飼ってるトラ猫だった。
首のところがパックリと切り裂かれてる。
俺、腰を抜かしそうになっちゃった。

たぶん、悲鳴もあげたと思うよ。
トロンと半分目を閉じた江藤は、猫の死体を捨てて、立ち上がった。
俺に向かって歩いてくる。
「え、江藤! やめろよ、冗談だろう?」

少し開けた真っ赤な口から、細い糸みたいなもんが見えてる。
それをユラユラさせながら、江藤は俺の肩をつかんだ。
ものすごい力で、肩の肉が引きちぎられちゃいそうだったぜ。
江藤は、グイッと俺を引き寄せて、口を開けた。

牙みたいにとがった、よく刺さりそうな歯が見えたよ。
「やめろおーーっ」
俺は叫んだけど、江藤には通じないだろうってわかってた。
なのに、江藤の動きが止まったんだ。
「大丈夫よ、この笛の音でマヒしてるから」

すぐ側で、園部茜の声がした。
いつの間にか、変な形の笛持って、俺たちの横に立ってたんだ。
「お、おまえ、何したんだよ!?」
「あのケーキには、ある種の植物の種を入れといたの。江藤君のお腹の中で、その芽が出たってわけ」

アッサリと、園部は答えたよ。
宿題の範囲を教えてくれるような、そんな簡単ないい方だった。
「とても特殊な植物で、生き物の口や、傷から入って寄生するんですって。寄生された生き物は、温かい血が何よりの好物になるそうよ。おもしろいわよねえ」

そういって、クスクス笑うんだ。
「それじゃあ、連れてた犬も…?」
「そうよ。栄養を取らせなきゃならなかったから、学校のウサギを狙ったの。あの犬から収穫した種を、ケーキに入れたのよ。前田君が食べてくれなかったのは残念ね」

俺、なんだか震えが止まんなかった。
園部は、本当に魔女……ううん、悪魔だったんだ。
「本当なら、秘密を知った者は殺しちゃうのがいいと思うんだけど。でも、前田君が、これから私の研究を手伝ってくれるなら、助けてあげてもいいわ」

園部はそういって、ニコッと笑った。
信じてもいいかなって、一瞬思った。
だけど、そのとき園部がニッと笑ったんだ。
その口の中に、ユラユラしてる糸が見えた。
あれは、江藤と同じ!

「わああっ!」
俺、園部を突き飛ばして笛を奪い取ったんだ。
それから、口に当てて思いっきり吹いた。
……………………………………。
でも、何の音もしなかったんだ。

だまされた!?
頭がカーッとなった。
こうなったら、友達だろうが女子だろうが、ブン殴ってでも逃げてやる!
……ところが、江藤も園部も、その場に突っ立ったまま動かないんだ。

俺には聞こえない笛の音が、こいつらには聞こえるのか?
なら、何度も吹けば、もっと長い間マヒするかもしれない。
その間に、逃げられるじゃないか!
俺は息の続く限り、音のしない笛を吹き続けた。

「やめてえっ!」
園部が悲鳴のような声をあげた。
その口の中に、ユラユラしてる糸が見えた。
「その笛は、耳には聞こえない高周波の音を出してるのよ!
このままじゃあ、振動で……振動でぇ!」

叫んでた園部と江藤の体が、ブワーッとふくらんだ。
それで、バオンッてものすごい音がして、二人の体が破裂しちゃったんだ!
まるで風船みたいにさ。
あとには、服の細かい切れっぱしと、きらきらした粒が散らばってたよ。

砂糖の固まりとか、キャンディみたいに固そうで、透明な粒なんだ。
もしかして、もしかしたらだけどさ…………。
あれが、園部のいってた植物の種なのかもな。
すごくきれいでさ、あいつがこだわってたわけが、わかるような気がした。

何となく、栽培して集めたくなるんだよ。
何となーくだけどさ。
そういって、良夫はニヤニヤ笑った。
「ところで葉子ネエ、何か変わった感じしない?」

えっ?
何をいい出すのかしら、こいつ。
「何も……」
感じない、といおうとした声が、急に出なくなった。
体の奥から、むずがゆい感覚が、手足の先まで伸びていくような感じ。

やだ、何なのこれ!?
良夫の笑いが、いっそう大きくなった。
「晩メシに、あの粒を混ぜてみたんだ。あれがホントに種なら、俺にも園部と同じことができるかと思って」
そんな……そんな、まさか!

ドサッと、泰明さんが倒れた。
その向こうでは、哲夫おじさんや正美おばさんが、突っ伏して震えている。
みんなの口から、ユラユラうごめいている物は……良夫がいっていた糸!?
「でも、こんなに早く効くなんて、種の量が多かったのかなあ。刈り入れが楽しみだよな、へへっ」

良夫のひとりごとが、だんだん遠くなる。
いけない……このままじゃ…………!
「安心してよ。血が飲みたくなったらさ、俺が犬とかニワトリとか、連れてきてやるから……」
楽しそうな良夫の声を最期に、私は真っ黒な闇の中に飲み込まれていった。


すべては闇の中に…
              終