晦−つきこもり
>四話目(前田良夫)
>J8

それで、何日かたってからのことだったな。
学校帰りに、園部を見かけたんだよ。
ほかの女子と一緒に、道ばたで何かを見てた。
それがさ、何だったと思う?
車にひかれた猫だよ。

腹がぺちゃんこになってて、もう死んでるみたいだった。
「やだ、かわいそう」
「ひどいよねえ」
女子たちは、てんでにそんなことをいってた。
でも園部だけは、思い詰めたように顔で猫の死体を見てたんだ。

俺、何となく予感がしてさ。
こないだ見た、墓場の奥の、山の広場に行ってみたんだ。
しばらく待ってたら、やっぱり園部が来たぜ。
こないだより大きめの包みを持ってた。
たぶん、さっきの猫の死体だろう。

でもなんで、あんなとこに、こっそり埋めなきゃならないんだ?
しばらく観察してたら、園部は死んでる動物を拾っちゃあ、山の広場に埋めてるみたいだった。
俺はいつも、あいつの後をつけて、見てたんだ。
だって、不思議だったんだもん。

十匹以上は埋めたんじゃないかなあ。
ある時、園部はいつもみたいに死体を埋め終わると、石の方を見たんだ。
「まだなの?」
つぶやいた声が聞こえた。
「まだ、足りないなら……」

園部がいきなり振り向いた。
「そこにいるんでしょ、前田君。
隠れてないで、
堂々と見たら?」
びっくりした。
まさか、あいつが気づいてたなんて。
逃げようかと思ったけど、いくら何でもカッコ悪すぎじゃん。

だから、広場に出てった。
「いつも、私をつけてきてたね。
私が何をしてたか、知りたいんでしょ」
園部が、あのでっかい目で俺を見つめた。
何となく嘘がつきにくくて、俺は素直に頷いたんだ。

「そう……それじゃあ」
細めた目が、ギラッと光った。
「教えてあげる!」
隠し持ってた果物ナイフを振り上げて、園部が襲いかかってきた!
「わあっ!?」
俺はあわてて避けたよ。

その横を、ナイフがシュッとかすってった。
「何すんだよ、ふざけんなよっ!」
「だって、足りないんだもの!
まだまだ必要なんだもの!!」
叫びながら、園部はナイフを振り回す。

ヤバイ、こいつ本気だ!
危ないのはわかってたけど、俺は背中向けて、本気で駆け出そうとした。
でも、それより早く、バサッと音がした。
背中がカーッと熱くなる。
切られた!

俺はショックでつまづいて、石の横に倒れちゃったんだ。
「ごめんね、前田君」
悲しそうな顔しながら、園部がナイフを高く上げた。
そのとき、倒れた俺の、顔の横の地面が、ボコッと盛り上がった。

土を押しやるようにして、地面の下から枯れ枝みたいな手が出てきたんだ!
「ぎゃーっ!」
俺は、背中の痛みも忘れて飛び起きた。
枯れ枝の手に続いて、ボロボロの着物を着た腕が出てきたぜ。

それからもう一本の腕、その後にやせて年取った、知らないじいさんの顔が……。
「おじいちゃん!」
園部が叫んで、地面から出てきたじいさんに駆け寄った。
じいさんの胸の上から、土をどかしてやって、起きるのに力を貸してる。

「おじいちゃん、よかった。やっと、また会えたね」
せっせと働きながら、涙ぐんでたっけ。
じいさんが完全に地面の上に出ると、園部は俺を見た。
「ありがとう、前田君。あなたが流した血のおかげで、やっとおじいちゃんが、戻ってきてくれたわ」

そういって、にっこり笑った。
俺、なんて答えていいか、わかんなくてさあ。
園部とじいさんが、山の中に消えてくのを、ボーッと見送ったよ。
それっきり、園部はいなくなった。

後で聞いた話だと、園部って養女だったんだ。
両親が死んで、この近くの親戚の家に引き取られたんだって。
寂しくって、何年も前に死んでるじいさんを、生き返らせようとしたのかなあ。
あの山の広場は、園部の家の墓場だったそうだぜ。

あそこに動物の死体を埋めたのは、じいさんにささげ物してるつもりだったのかもな。
今は、どこかで、二人で幸せに暮らしてるのかな。
…………でも、気になることがあるんだ。
あいつがナイフで俺を襲ったときは、確かに本気だったはずだ。

ということは、俺の血でじいさんが生き返んなかったら、俺は殺されてたんだろうか。
死体が手に入らないときには、あいつはいつも、ああやって……?

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ううん、まさかな。
俺の話は、これでおしまいだよ。
次は誰が話す?


       (五話目に続く)