晦−つきこもり
>五話目(真田泰明)
>A3

ははっ、葉子ちゃん、宇宙人とかに興味があるのか。
ちょっと意外だな。
宇宙人とはちょっと違うんだけどさ。
あのドキュメントの取材中に、ある出来事があったんだよ。
あの番組で、電波望遠鏡がでてきたの覚えているかな。

シリーズの三週目は、その望遠鏡で発見されたブラックホールが目玉だった。
俺達は電波望遠鏡の取材のため、アメリカの天文台にいったんだけどさ。
そこで奇妙な出来事があったんだよ。
天文台はカリフォルニアにあって、一ヶ月に及ぶ取材だった。

そして取材中に白鳥座の方向に、新しいブラック・ホールが発見されたんだ。
そのときは運がいいと思ったよ。
天文台では、本格的な調査がされた。
発見されたブラック・ホールは、日に日に電波が強くなっていったんだ。

非常に珍しいケースで、天文台のスタッフは宇宙の真理を突き止められると、興奮していたよ。
俺達もこんな緊張感のある現場に、滅多に出会えるものじゃない。
取材チームも、全力を上げて取材したんだ。

そんなある日、電波の種類と強さが急激に変化した。
今までのブラックホール観測ではなかった傾向だった。
それだけじゃない。
電波の強さが異常なほど高く、とても二百万光年さきから来たとは思えないほどなんだ。
天文台のスタッフはますます張り切りだした。

そんな日が数日続くと、その謎の電波もなくなり、通常の観測体制にもどったんだ。
俺には、何がそんなに重要だったのか、良くわからないんだけどさ。
天文学者にとって、その途中で急に電波が強くなった現象は、興味深いことだったらしいんだ。

この現象は世界中で観測され、天文学者達はインターネットを通じて、激しく議論を交わした。
そして、その電波が止まってから二日ほど経って、今度は弱いけれども、また今までのブラック・ホールの観測では見られなかった、不可解な電波が観測されたんだ。

今度の電波は、通常の観測体制で十分対応できるものだったんだけどさ。
その電波を受信した直後に、観測施設が故障したんだ。
何か、瞬間的に大きな電流が流れたことが原因らしい。
天文台は大騒ぎになり、それでも修理は夜を徹して行われた。

そして俺達も徹夜で修理を取材することにした。
しかし不思議な出来事が起きたのは、このときだったんだ。
取材班は三班に別れ、俺はその中の一班と行動を共にした。
そのとき俺達が取材していたものは、何かコンデンサーのような物だったらしい。

その装置に電流がオーバーロードしたのが、故障の原因らしかったんだ。
「あの装置、何か、黒焦げですね」
スタッフの一人が、そんなことを呟く。

「そうだな、あの装置が直らないと観測はできないという話だ」
俺達がそんなことを話していたら、天文台の職員の一人が何か叫んだ。
修理している装置が放電を始めた。
職員の一人が床に倒れている。

俺達は取材を中断して、彼等のもとへ走ったんだ。
「大丈夫ですか!」
俺はそう叫ぶ。
そして取材班の一人が、床に倒れている職員を抱え起こした。
そのとき今までより激しい音が、轟いたんだ。
一同は音の方を見た。

放電の光は周囲を照らしている。
(何なんだ………)
俺は呆然とした。
空中で放電は、まだ続いている。
それはまるで生き物の様に、脈動していた。
「泰明さん、ここは危険です」
みんなは立ち去ろうとしていた。

「そうだな………」
俺はそう答えると、足を踏み出したんだ。
放電が周囲に広がる。
「泰明さん………、いったい何なんですか………」
稲妻の様な放電の周りに雲のような物が立ちこめ出したんだ。
それはまるで、アメーバなどの原生生物を思わせた。

「泰明さん………」
スタッフの一人が不安げに俺の方を見る。
俺に戦慄が走った。
(何だ………、いったい、何なんだ………)
そのとき天文台の職員の一人が恐怖のあまり、出口に走ったんだ。

「やめろ! 感電するぞ」
別の職員が叫ぶ。
しかし、彼は雲のようなものの中に入った。
雲の中に入った職員は悲鳴をあげる。
そしてみんなの予想とは裏腹に、感電するのではなく、まるで体が溶けるように消えたんだ。

雲のようなものは、安手のSF映画の、人喰いアメーバのように動き出す。
(いったい………)
周囲に広がった雲のようなものは、職員が飛びこんだ所に集まり出した。
まるでその雲のようなものに睨み付けられている、そんな気がしたんだ。

そして俺達はジリジリと後ずさりして、壁に追いつめられた。
雲のようなものは、どんどん迫ってくる。
(怪物………、さっきの職員は喰われちまったのか………)
俺はそんな考えが浮かぶ。
そして第二の犠牲者が出た。
今度は取材スタッフの一人だ。

悲鳴が轟くと、さっきの職員と同じように、溶けるように消えて行ったんだよ。
雲のようなものは一人、二人と人間を犠牲にするたびに、更に生き物のような雰囲気を帯びてきた。
(何とか逃げなければ………)
また悲鳴が轟いた。

次々とスタッフや職員が犠牲になっていく。
その雲は、徐々に姿が明確になってきた。
そして何人目かの犠牲者が出たとき、雲は人とわかる姿になったんだ。
(宇宙人なのか………)
もうみんな冷静ではいられなかった。

残った職員の一人が床に落ちている鉄パイプを持ち、その宇宙人のようなものに襲いかかったんだ。
そしてその職員も、犠牲になる。
(もう終わりだ………)
俺の体から力が抜けた。

その異星人らしいものは、また更に変化し、姿は人のそれになったんだ。
それは白人と日本人との中間のような容貌をしている。
彼は不気味に笑うと、その場を立ち去った。
俺は周囲を見る。
そこにはもう、俺しか残っていなかった。

これがあのドキュメントの取材中に出会った怖い話だ。
幸い他の取材スタッフは無事だった。
それで何とか取材を終わらせ、放送にこぎつけたんだ。
後で調べてわかったことなんだけど、世界中でこれと同じ事が起こっていたらしい。

しかしあのとき現れた人物は、いったい何者なんだろう。
あのあといったいどこに消えたんだろうか。
できる限り調べたんだがわからなかった。
もし彼と同じ様な人物が、世界中で現れたんだとしたら………。

そして彼等の目的は何なんだろう。
………まあ、そのうち不可解な事件がマスコミを賑わせたら、彼等の仕業かもしれないな。
これで取り敢えず、俺の話は終わりにするよ。
じゃあ、次の人の番だな。


       (六話目に続く)