晦−つきこもり
>五話目(真田泰明)
>F4

そう、彼はそんな理由を付けては嫌がったんだ。
まああのときの真相を知ると、納得できるけどな。
でも俺達はそのとき、理由をしらなかったからさ。
横山さんを助けられなかったと、渡辺が自分を責めていると思ったんだ。

「お前のせいじゃあない。事故だからしょうがないんだ」
俺はそういって、渡辺を元気づけた。
彼は浮かない顔して、うなだれている。

「お前はしばらく休んでいろ。あの場所での撮影は、お前もつらいだろう」
そういって、俺達は渡辺を残して、横山さんの死んだあの海に向かった。
「再スタートには、絶好の日和ですね」
スタッフの一人が空を仰いで、そういった。

確かにその日は雲一つ無い青空だったんだ。
クジラの撮影ポイントまで、あと一時間ほどかかるところまで来た。
(何か、風が出始めたな………)
波が高くなってきた。
「泰明さん………」
スタッフが心配そうに呟く。

空を黒い雲が覆いだした。
そして小雨がぱらついてきた。
俺は船長から状況を聞いた。
しかし船長にも、わけがわからないようだった。
「真田さん、気圧が異常に低くなってます。取り敢えず、戻りましょう」
船長は俺に叫んだ。

俺は船長の判断に任せることにした。
「じゃあ戻りますよ」
船長はそういって船を旋回させる。
そして小一時間ほどかけて、船は港に戻った。
船が港に戻ると、天候は元に戻っていたんだ。

「真田さん、すいません。何か大したこと、無かったみたいです」
港に船を付けると、そういって船長は申し訳なさそうに俺に頭を下げた。

「いや、しょうがないですよ。何か変な日だし、撮影は明日にしましょう」
俺は船長にそういうと、みんなにもその日の撮影の中止を伝えたんだ。
そして俺達は民宿に戻った。
先に部屋に入ったスタッフの悲鳴が、突然、轟く。

俺達は足早に、その悲鳴の方へ走った。
その部屋には、渡辺の死体が横たわっていたんだ。
体に海草が絡みつき、皮膚は真っ青だった。
そして、顔には見たこともない、恐怖の形相を浮かべている。
俺達は何が起こったのか、わからなかった。

しかし彼が死ぬ前、恐怖の体験をしたことだけは確かだ。
警察が到着して、犯人の捜索が行われたが、結局わからなかった。
小さな島なので、本土のようにアリバイや動機なんていっている問題でもない。

だから俺達スタッフが一番先に疑れたが、船長の証言で疑いは晴れた。
結局、俺達はそのまま帰って、一ヶ月後、別のメンバーが島に入って撮影は続けられたんだ。
もちろんそのとき撮影に向かったスタッフには、真相を話さなかったけどね。

そして事件は未解決のまま終わった。
実をいうと、渡辺の死因についてもはっきりしないんだよ。
窒息が原因なのは確かなんだけど、絞殺ではなかった。
ただ不思議な事に肺にかなりの海水が入っていたらしい。

医者の話によると、海でおぼれ死んだような症状だということだ。
えっ、なぜ俺があの海底での出来事を知ったかって?
実はその後、横山さんのビデオカメラが見つかってさ。
その中にあのときの一部始終が映っているテープがあったんだよ。

警察には見せなかった。
なぜって、もし問題が起きて、せっかく完成したドキュメントを、放送できなくなったらこまるだろ。
でも今思えば、公表したほうがよかったかな。
その方が視聴率が稼げそうだしさ、ははっ。

まあ、また機会を見て、あのビデオは利用するか。
じゃあ、俺の話はこれで終わりだ。


       (六話目に続く)