晦−つきこもり
>五話目(真田泰明)
>H5

そうだね。
でも、みんながやっているのに、俺だけ嫌な顔もできないだろ。

それで俺も海に潜ることにしたんだよ。
「そうだな、じゃまにならないように遠くで見ているか」
そういって、俺は準備を始めた。
ダイビングをするのは、学生時代以来だった。
昔を思い出しながら、俺は海に入る。

俺も気が滅入っていただけに、海の青さが気持ちよく思えた。
そして、鈴木さんの後ろのところまで潜ったんだ。
俺達はクジラが現れるのを待った。
(暗くなってきたな………)
太陽が隠れたのか、水中が暗くなってきた。

辺りにも、冷たい水が流れ込んでくる。
何か嫌な雰囲気だった。
そのとき俺は背後から水流を感じたんだ。
そして俺は振り返った。
そこには、渡辺とそっくりな顔した魚がいたんだ。
俺の体は金縛りにあったように、硬直した。

その魚は、凄い勢いで俺の横を通り過ぎると、カメラの方へ向かう。
(えっ………)
後ろにはまた、巨大な魚が泳いでいたんだ。
今度は、横山さんにそっくりな顔をしていた。

その魚は前に通り過ぎた魚を追うように、通り過ぎていったんだ。
(いったい………)
俺は振り返った。
その巨大な魚は、先に通り過ぎた渡辺を追っているようだ。
程なく追いつくと、鋭い歯を持つ口を開く。

そして横山さんは、渡辺に食いついた。
周囲に血が広がる。
赤く染まった海水は俺の周囲を覆った。
それはあの渡辺の顔をした魚から出た血とは思えない程、広い範囲を血に染めた。

そして周囲から血の色が消えたとき、あの二匹の魚の姿は無かったんだ。
みんなは船に戻った。
船上に戻っても、スタッフには言葉がなかった。
そして船長は何かを察したのか、黙って船を港に戻したんだ。
番組は結局、それまであった映像で構成することにした。

あのときの出来事はなんだったのか、今でもわからない。
えっ、渡辺が横山さんを見捨てたことが何故わかったかって?
それは横山さんの捜索のとき、彼のカメラだけが見つかったからなんだよ。
その中に入っていたテープに、あのときの一部始終が映っていたんだ。

葉子ちゃん、海に行くときには気を付けるんだよ。
あの横山さんの顔をした魚が、牙をむくかもしれない………。
ははっ、冗談だよ。
俺の話はこれで終わりだ。
じゃあ、次の人の番だな。


       (六話目に続く)