晦−つきこもり
>五話目(真田泰明)
>J3

そうか、まあ一番簡単なのは筆談かな。
最近は水中で話すための装置もあるんだけどね。
でもそのときは、それを使わなかった。
クジラが声に警戒して、近づかないかもしれないからね。
そして、そのとき事件が起きたんだ。

水中の撮影班は二人のカメラマンと、それぞれに三人のダイバーがサポートについていた。
船からカメラまでケーブルがつなげられ、船上でモニターで見れるようになっている。
俺は船室に入って、モニターを見た。
カメラはゆっくり潜行している。

そして制止して、クジラを待った。
しかし、数分後、一台のカメラが急に乱れたんだ。
モニターを見ていたスタッフに緊張が走った。
そしてもう一台のカメラも、画像が乱れだしたんだ。

二つのモニターの画面は揺れ、いったいどこを向いているのかわからない。
「泰明さん………」
船上のスタッフに動揺が走る。
そして、一台のモニターが赤く染まった。
「な、何が起こっているんですか………」
スタッフがざわめいている。

「泰明さん! あれ!」
突然、真っ赤に染まったモニターに、巨大な魚のようなものが横切った。
「何なんだ………」
そしてまたその姿をカメラがとらえたんだ。
「サ、サメか!?」
俺は呟くようにいった。

スタッフのざわめきは消え、静まり返る。
「船長………、どうすれば………」
そう呟き、俺は船長の顔を見た。
しかし船長は首を振るだけだったんだ。
俺はモニターを見た。

もう一台のモニターも、真っ赤に染まっている。
被害者が一人でないのは確かだった。
俺達は、モニターを見守るしかなかった。
そしてどのくらい時間が経っただろう。
赤く染まったモニターが、徐々に青い海に戻ってきた。

俺達は甲板に出る。
しかし海に入ることはできない。
とにかく俺達は待つしかなかった。
海面をスタッフは見つめる。
そして、しばらく見つめていると人影が見えた。
「泰明さん!」
みんなが集まった。

水面には次々と人影が現れる。
海水には僅かに赤いものが見えたが、全員いるようだったんだ。
「泰明さん、みんな無事だったんですね」
俺は胸をなで下ろした。
水面の人影は船尾の梯子の所に移動する。

スタッフの一人も安心したように、そういったんだ。
しかし海面のスタッフは一向に船に上がってこない。
「どうしたんですかね………」
不安げにそういうと、一人のスタッフが梯子を下りた。
そのスタッフは悲鳴を上げ、船上に戻った。

「み、み、みんな足が………、足が………」
辺りは騒然とした。
そしてスタッフは船長の指示のもと、海面のスタッフを船上に引き上げたんだ。
撮影は中止された。
結局、あそこでの取材は無しになったんだ。

あのときの巨大な魚がサメなのかどうかはわからない。
しかし一番良くわからないのは、みんな足だけを狙われたところだ。
いったい、あれはなんだったんだろう。
俺はあれ以来、怖くて海に入れなくなった。

………まあ、俺の話はこれで終わりだ。
じゃあ、次の人の番だな。


       (六話目に続く)