晦−つきこもり
>五話目(真田泰明)
>K5

ははっ、まあ怪奇現象マニアが注目するぐらいだからね。
でも同じ様な症状が世界で少数ながら、見つかっているってことはさ。
超能力にしても、その病気に原因があるんじゃないか、そう思ったよ。
そしてしばらくして、教授の調査報告が上がってきたんだ。

報告書を見て、俺は愕然とした。
その子の体の構造は、人のそれとは大きく違っていたんだ。
簡単にいうと総ての器官が、驚くほどシンプルにできているんだよ。
俺達はあらためて、そのデータをとった子供の取材をすることにした。

もちろん、俺も同行することにしたんだ。
途中で、そこの子の病気を見つけた怪奇現象マニアの人と待ち合わせて、その家に向かったんだよ。
取材先は地方の普通の家庭だった。

沢田さんがチャイムを押したが、その家はひっそり静まり返り、返事はなかった。
「沢田さん、連絡は入れたんですよね………」
俺は沢田さんに、そう聞いてみた。

「ええっ、昨日も確認の電話を入れたんですが………」
そういうと、沢田さんは玄関の扉の所に行き、ノブを取った。
「真田さん、ドアが開いてます………」
彼は当惑した顔をして、そう呟いた。

すると怪奇マニアの男はドアを開けると、家の中にはいっていったんだよ。
俺達は少しためらったけど、彼のあとに続くことにした。
彼は家主の名前を呼びながら、どんどん奥に進んで行く。
そして、突き当たりのドアを開けたときだ。

突然、鈍い音がして、先頭の怪奇マニアの男が倒れた。
みんなは金縛りにあったように、その場に立ちすくむ。
俺はドアの向こうを見た。
そこには、この家の主人がバットを持って立っている。
彼の表情は、まるで蝋人形のようだった。

そして、彼はロボットの様に、バットを振り上げ、歩み寄ってくる。
「真田さん、奥さんが包丁を………、誰かが刺されたようです」
沢田は声を震わせ、背後で騒ぐ。
しかし俺は、後ろを振り返ることができなかった。

正面の主人が、ジリジリと迫って来ていたんだ。
「うわーっ!」
そのとき突然、先頭にいたカメラマンは叫びながら、主人に体当たりをした。
そして彼等二人は崩れるように床に倒れる。
みんなも堰が破れたように、その後に続いたんだ。

俺達はドアを抜け、応接間に入る。
後ろにいた二人のスタッフは奥さんを押さえ込んでいた。
とにかく俺達は危機を脱した。
そしてスタッフはケーブルなどで、夫婦を縛ったんだ。
彼等はまるで人形のように、ジッとしている。

彼等はいくら問いつめても、何の反応も示さなかった。
「とにかく、警察を呼んでくれ………」
俺がそういうと、スタッフの一人が電話をかける。
「泰明さん、駄目です………、電話が通じません」
そのスタッフは呆然として、振り返る。

「外でかけてくればいいだろ!」
俺は興奮して彼に叫んだ。
彼はあわてて玄関に走った。
「駄目です! ………玄関が開きませんよ」
そう叫びながら、彼は戻ってくる。

そして、それを聞いたスタッフは、各々窓などを開けようとした。
しかし彼等は失望するだけだったんだ。
(いったい、どういうことなんだ………)
俺は当惑した。
みんなも何か、思案しているようだ。

「そういえば、あの子はどうしたんだ………」
沢田さんが、誰とも無しにそう呟く。
(まさか………、あの子の仕業なのか………)
俺はそんな途方もない考えが浮かんできた。
そしてスタッフの一人が隣の部屋の扉を開けた。

扉を開けたスタッフが、ガラスの割れる様な音と共に突然倒れた。
床に崩れたスタッフの周りには、花瓶の欠片のようなものが散らばっている。
(だ、誰かいるのか………)
俺に戦慄が走った。
みんなは立ちすくんで、その場から動こうとはしない。

(いったい、どうしたらいいんだ………)
スタッフの悲鳴が轟いた。
俺は悲鳴の方を見る。
(えっ………………)
そこには応接間の調度品が、ふわふわ浮いていた。
そしてまるで誰かが投げたかのように、スタッフを襲う。

調度品は次々にスタッフにあたり、何人かが床に崩れた。
残ったスタッフと共に俺は、それらの調度品に追われるように隣の部屋に逃げ込んだ。
しかしその部屋の空間にも、子供の玩具のようなものが無数に浮いていた。
(いったい………、超能力なのか………)

俺の頭に途方もない考えが巡る。
その部屋の隅にベビーベットがあり赤ん坊が寝ていた。
原因はあの赤ん坊にあると、俺は思ったんだ。
そして空中に浮かぶ玩具は、俺達を襲いだす。
俺は応接間に後戻りしようと思った。

しかし後ろを振り返ると、いつの間にかケーブルを解いたのか、あの夫婦が立っていたんだ。
(しっかり縛ってあったはずだ………)
俺達は逃げ場を失った。
「ちくしょう、あの化け物をやっつければ!」
沢田さんが赤ん坊に家具を振り上げた。

そしてその家具を振り降ろそうとしたときだ。
「や、やめてください!」
突然、この家の奥さんが叫ぶと、赤ん坊に覆い被さったんだ。
空中に浮かんでいた物は、次々と床に落ちていく。
そして沢田さんも振り上げていた家具を降ろした。

まあそのときの経緯はこんな感じだった。
その子の病気というのは、正体不明のウイルスに冒されたのが原因らしいんだ。
ウイルスが遺伝子に影響を与え、あの子にあんな能力を与えたのかもしれない。
『超人類』………、まさにそうかもしれないな。

生命の進化に、宇宙から飛来したウイルスが関わってきたという話もある。
またそのウイルスが、人類を新たな段階に導こうとしているのかもしれないな。
これで俺の話は終わりだ。

あまり怖くなかったかもしれないけど、彼等が大人になったとき、俺達、『旧人類』は本当の恐怖を味わうのかもしれないな。
じゃあ、次の人の番だな。


       (六話目に続く)