晦−つきこもり
>五話目(前田和子)
>H15

「えーと、彼は、こういっていました。……和子さん、あなたと一緒のダンスは楽しくて最高です。
本当ですよ……と」
「………」
和子おばさんは、固い表情でじっと私を見つめた。
口を開こうとせず、眉をひそめている。

「………」
深い沈黙。
和子おばさんは、しばらくそうしていた。
……なんで黙りこんじゃうの?
みんな、次の言葉をまっているのに。
「あの……そういうことなんですけど」

私の方から、次の言葉を聞こうとした。
「………」
しかし、返事はない。
「あの、和子おば……」
私が再び催促すると、和子おばさんはゆっくりと言葉を紡いだ。
「変ね。彼がそんな言い方をするはずがないわ。もっと、くだけた人だもの。ちょっと違うわよ」

しきりに首をひねっている。
……しまった。
ありのままに伝えた方がよかったの?
「あ、あの……いい直します。実はですね……」
「……いいのよ。きっと、どこかの悪い霊がやってきたんでしょう。
私にはわかるわ」

和子おばさんは、ひとりで納得しはじめた。
「これから除霊をしましょ。葉子ちゃん、まず、あなたにはこの部屋で一人になってもらうわ。結界を張って、ドアの外から祈祷するから。さあ、みんな、出ていくわよ」

「えっ、そ、そんな、まってください!」
私の叫びも虚しく、みんなは腰をあげはじめた。
そして、そそくさとドアの外に出ていく。
「ちょっと、行かないで下さいよ……あっ!」

私の目前で、ドアが閉められた。
……まいったわ。
こんな展開になってしまうとは。
(……だめだよ、葉子ちゃん。わたしのいったことをちゃんと伝えてくれないから、こんなことになるんだよ)

風間さんの声が頭に響く。
それと同時に、体がふわっと浮かびあがる感じがした。
「ほにゃらかぷーーーっ、はにゃらかぴーーーっ、なむなむなむ、はーーーーっ!」
ドアの外から、和子おばさんの祈り声が聞こえてくる。

あ、あ、あーーーーっ!
次の瞬間、私は空を飛んでいた。
下を見ると、私の体が部屋の中で横たわっていた。
こ、これは、まさか……。
幽体離脱?
和子おばさん、困るよ!

風間さんの霊を祓うんでしょう?
私の生霊を出してどうするのーー!?
(おや、葉子ちゃん。
お散歩かい?)
風間さんの、能天気な声が響く。

(じゃあ、ちょっと君の体を借りてもいいかな?)
え、えっ?
床に寝そべっていた私の体が、むくりと起きあがった。
そうか。
あの体には、風間さんの霊がのりうつってたんだ!

「和子おばさーん、もう大丈夫です。霊は退散しました! ありがとうございます」
私の手がドアを叩き、私の口が風間の言葉を語る。
か、風間……あんた、私の体を使って何をするつもりなのよーーー!

ドアが開き、外にいた人達が再び中に入ってきた。
「危なかったわね、葉子ちゃん」
和子おばさんは、私の姿をした風間をしっかりと抱きしめた。
危なかったじゃないわ!
今が一番危ないのよーーーー!!

みんなが、拍手を始める。
私の無事を喜ぶ声。
ちょっと怖い話を聞きたかっただけなのに、どうしてこんなことに……。
感動的な雰囲気の中、私だけが一人心で泣いていた。


すべては闇の中に…
              終