晦−つきこもり
>五話目(鈴木由香里)
>H6

ここまで聞いたら知りたいよね。
いいよ、話してあげるよ。
岡本さんは、山奥の病院にいたんだ。
静養のためにね。
私が、彼女を見つけたのは、本当に偶然だった。

その時の私は、代理家族のアルバイトをやっててさ、忙しくて面会にいけない家族の代わりに、入院してる人のお見舞いだったんだ。
たまたま、同じ病院に岡本さんが入院してたのさ。
でも、そこにいたのは、私の知っている彼女じゃなかったよ。

げっそりと痩せこけて、目だけが異様にギラギラ光ってた。
極端に太陽を怖がって部屋の角にうずくまり、時々、気味の悪いうなり声を上げては私たちを威嚇するんだよ。
すっかり、敵と思われてたみたいだね。

病院の人の話だと、岡本さんは、ふもとの町のホテルに滞在してる時に様子がおかしくなって、入院させられたんだって。
私は、彼女が泊まっていたというホテルにも行ってみたよ。
ひなびた田舎町の、薄暗い路地に面した、安っぽい建物だった。

とても営業してるとは思えない。
彼女、よく一人でこんな所に泊まれたね……。
なるほど、こんな所に一人でいたら、私だっておかしくなっちゃうと素直に感じたよ。
そして、岡本さんが、ああなってしまった理由もなんとなく理解できたんだ。

これはあくまでも、私の推測でしかないんだけど……。
岡本さんが、骸骨を持って逃げながら、この町にたどり着いた時……。
小さな町だけど、わりと閉鎖的な場所だから、隠れるのにはちょうど良かったんだね。

それでも日がたつにつれて、不安は募っていく。
いつまでも、逃げてばかりはいられない。
もし、ここにいることが見つかったら……!?
きっと、怒られるくらいじゃ済まない!!

それに、この骸骨たちとも引き離されてしまう。
彼女の考えは、どんどん悪い方へとばかり進み、極限にまで追い詰められた精神が、ある時、プツッと切れてしまったんだよ。
岡本さんは、盗んだ骨を食べちゃったの!

これについては、ちゃんと証言者がいるからね。
季節外れの女の子の一人旅なんて、いかにも、わけありって感じじゃん。
そのうえ、彼女はだんだんと部屋に閉じこもりがちになってきて、今にも自殺しそうな雰囲気だったらしいし。

それで、ホテルの主人が、いつも様子をうかがうようにしていたんだって。
彼女を病院に入れたのも、その人だった。
岡本さんにしてみればさぁ、骸骨と引き離されることを、恐れるあまりの行動だったんじゃん?

取られたくない大事なものは、自分の体内に入れてしまうのが一番でしょ?
彼女が泊まってた部屋には、骨のかけらが掃除もされずに散らばってたよ。
彼女の思考が、そこまで追い詰められてしまったのって、環境のせいもあったんじゃないかなぁ。

彼女が滞在してたのが、南国のビーチとかだったら、今頃は部屋に骸骨を飾ったりして楽しく暮らしてたと思わない?
病院に入院はしていたものの、岡本さんは食事もとらず、あっけなく衰弱死してしまったんだ。
彼女がこうなったのって、やっぱり、骸骨の呪いなのかもね。

でも、この呪いは、これで終わったわけじゃなかったんだ。
彼女の死体は、壮絶なまでに苦悶の表情を浮かべたままだった。
あまりにも変わり果てた娘の姿を見せるに忍びなくて、私は、彼女をひっそりと荼毘に付してもらって、その白い粉を骨壷に入れて彼女の実家に届けたのさ。

私が、直接持って行けば、あんなことにはならなかったんだろうけど……。
私はバイトの期限が残ってて、その病院を離れられなかった。
だから、骨壷だってことは内緒にして、小包で送ったんだ。
それから、しばらくして……。

私が、アルバイトの期限を終えて自分の家に戻ると、留守番電話に、岡本さんのお母さんからのメッセージが入ってたよ。

それは……、
「もしもし、岡本のり子の母ですが……。この度は珍しいお土産をいただきまして、本当にありがとうございます。食事の度に、調味料として使わせていただいております。主人も変わった味だと……………」
って内容だった。

しまった! 手紙を入れるのを忘れてた!!
それっきり、私は彼女の実家に連絡を入れてないんだ。
だって、
「あなたたちが食べたのは、実は娘さんなんです」
なんて、いえないじゃん。

それにしても……。
変わった味って、どんな味だったのかなぁ?
娘を焼いてできた粉だもの、そんじょそこらの化学調味料とは、わけが違うよ。
食事の度にって、いってるくらいだから、けっこう美味しかったんじゃん?

あら、葉子。
ひとごとだと思って安心してちゃ駄目だよ。
知らず知らずの内に、おかしなものを食べさせられているのは、私たちも同じかもしれないんだからさ。
さっき、良夫が葉子の分まで食べた鳥の唐揚げだって、本当に鶏だったのかなぁ?

蛙の肉って、鶏肉にそっくりな味なんだよ。
例え鶏だったとしても、バイオ実験で私たちの見たこともないような動物の研究が進められてるっていうし……。
そういえば、去年の秋口にこんなことがあったっけ。

近所のスーパーに行ったらさ、サンマがズラッと並べられてたんだ。
よくいう、初物ってやつよ。
ところが次の日、夕方のテレビでサンマ漁のニュースをやってたの。
「本日、全国に先駆けてサンマの荷揚げが行われました。これが初荷揚げであり、お値段の方は平年よりも高めと……」

だって。
前の日に、私がスーパーで見たサンマは、いったい何だったのかな?
養殖もの?
それとも密漁もの?
ほらほら、普通のスーパーにも怖い商品が、何食わぬ顔して並んでいるんだから。

これからは、うかつに物を食べられないね。
それとも、今から、自給自足に切り替える?
その点じゃ、こういう田舎って最適なんじゃん?

私は、ごめんだけど。
さぁ、私の話はこれで終わり。
次へ行ってもいいよ。


       (六話目に続く)