晦−つきこもり
>五話目(鈴木由香里)
>I6
「いいえ、もういいです」
私は、小さく答えたの。
本当に消えそうな声だったと思う。
話の続きは気になるけど、なんだか由香里姉さんが、恐ろしくて……。
だけど、由香里姉さんは話をやめてはくれなかった。
「無理しちゃって、興味津々って顔にちゃーんと書いてあるんだから。教えてあげるよ。岡本さんはね、ここにいるんだ」
そういって、由香里姉さんは、自分の身体を指差してる。
それって、身体の中にってこと……?
「ねぇ、葉子」
やだな。
話は、まだ続くみたい。
「昔、エジプトでは、ピラミッドが盗人に荒らされて困ったんだってね。金銀財宝はもとより、ミイラまで盗まれてたんだよ。
何故って? 当時、ミイラの粉は万病に効くからって、高値で取り引きされてたからよ。戦時中の日本でも、死者の骨を細かく砕いたものが万病に効く薬になるって噂が、まことしやかに伝えられてたんだって」
気持ち悪ーい。
死んだ人を食べるなんて、なんだかお腹痛くなりそう。
「葉子には信じられないみたいだね。でも、世の中にはいろんな人がいるんだよ。得体の知れない粉末に、何万も出す人だっているんだから。そういう人って、何故かお金持ちが多いんだよね。おかげで、いい商売になったなぁ」
「由香里姉さん、それって……」
「もちろん闇取引だよ。当たり前じゃん」
当たり前じゃん……って、由香里姉さんたら簡単にいうけど、これって大変なことなんじゃ……。
「葉子ったら、心配してくれてんだ? 大丈夫だって。もう、すっかり売り尽くしちゃって、材料も残ってないんだ。証拠を残すなんてドジを、私が踏むわけないじゃん。それも全部、岡本さんのおかげだね」
由香里姉さんは、そういうと遠い目をしたの。
「彼女はさぁ、骸骨と別れるのを悲しむあまり、こっそりと倉庫に忍び込んで手首を切ったんだよ。私は、その一部始終を倉庫の奥から全部見てたんだ」
「止めなかったんですか?」
「そうだよ。だって岡本さんに悪いじゃん。いったよねぇ、私は個人の意志を尊重するって。彼女が死にたいっていってるんだから、死なせてあげればいいんだよ。岡本さんは眠るように意識を失ったよ。でも、そのままじゃ傷口が塞がって死ねなくなるから、私はわざわざ傷口を開いてあげたんだ。
なーんて親切な、わ、た、し。やだぁ、自分でいってて気持ち悪くなっちゃった」
由香里姉さんはけろっとしてるけど、これって立派な犯罪じゃないの?
「私ね、骨の入った箱を幾つかもらって行こうと思って倉庫にいたんだけど、ついでだからと思って彼女の死体も運びだしたんだ。
さすがに、彼女の骨まで商品にする気はなかったんだけど……」
「岡本さんの骨も、売っちゃったんですか?」
「そうよ。どうしても、若い女の子の骨が欲しい……っていわれてさぁ。彼女の骨から作った粉は、高値で売れたよ。やっぱり、若い女の子っていう肩書きは、強いんだなぁと思った。それでも、この粉にいったい何の作用があるのか不思議でね。ある日、ちょっとだけ舐めてみたんだ」
やだ、由香里姉さんたら信じられない。
だって友達だったんでしょう?
なのに、自殺を止めなかったり、その骨を売ったり、舐めたり……。
「いやだ、葉子。そんな怖い顔しないで。だいたいの考えは想像つくわよ。葉子ってすぐ顔に出るんだから。わかった、わかった、もう終わるよ。
あ、でも、これだけはいわせてくれる? けっきょく、骨から作った粉っていっても、何の味もしなかったし、特に効果もなかった。
粉を求める人たちは、想像力で自分を酔わせるんだよ。人を食べる。原形をとどめていないからあまり現実感もないけど、自分はタブーを犯してる。
これこそが禁断の味なんだって思うことによって、人は、さり気ない罪悪感を楽しんでるのさ」
そういって、由香里姉さんはズボンのポケットから、小さなガラスのビンを一つ取り出して、みんなに見せる。
「これが最後の一つ。もう、岡本さんの骨も残ってないわ。これを処分してしまえば、もう証拠も残らない。誰にも咎められないですむの」
そして、私たちの顔をじっくりと見回して、
「葉子にあげるよ。自分で舐めてもいいし、誰かにあげちゃってもいい。ただ、その時にはこの話をしないと駄目だよ。これは、ずーっと、いわれてきた決まりだからね。じゃ、次の話に行こうか」
って、私にその小ビンを無理矢理握らせる。
「えっ?」
突然のことに、私はびっくりして声も出なかった。
他のみんなは、ジーーーッと、私を見てる。
なんだか空気が重い……。
「プッ……」
その沈黙を破ったのは、私の隣りにいた良夫だった。
「やーい、騙されてやんの」
良夫は、身体をよじって笑ってる。
「こら、良夫! もうちょっと黙ってらんないの!?」
でも、そういう和子おばさんも、笑いを隠しきれないでいる……。
何があったの……?
「今の話は、全部、嘘なんだよ。
嘘っていうか……、バリエーションを変えて、全国各地で聞かれる共通の噂話なんだ」
あっ、泰明さんまで苦笑いしてる。
「そうそう、その粉だって塩とか砂糖の類だろ」
哲夫おじさんなんて、笑いを堪えようともしない。
知らなかったのって、私だけ?
みんな、ひどい……。
泰明さんにまで、笑われちゃったじゃない。
あ、駄目、泣いちゃいそう……。
その時、
「葉子ちゃん、ちょっとそのビンを見せてくれる?」
一人、真剣な面持ちの正美おばさんが、口を開いたの。
正美おばさんは、小ビンのふたをそっと開けて、真剣な目つきで粉を観察してる。
粉だけかと思ってたけど、けっこう破片みたいなものも混じってるんだ。
そして、正美おばさんはその破片を手に取ると、きっぱりと断言したの。
「これは本物の人骨です」
って……。
それまで賑やかだったみんなが、いっせいに正美おばさんを見たの。
正美おばさんの目はあくまでも真剣で、じっと骨の破片らしき物を見つめてる。
すると、それまで黙ってた由香里姉さんが、ぞっとするような笑みを浮かべたの。
そして……、
「どうしたの? 早く次へ行こうよ……」
(六話目に続く)