晦−つきこもり
>五話目(藤村正美)
>E11

まあ、驚きましたわ。
葉子ちゃんって、よっぽど人がいいのかしら。
普通、こんな状況で話し合おうなんて、思いも寄らないことですわよ。
ところが、信じられないことに、彼女もそうしたんですの。

「何のつもりなんですか!?」
うわずった声で、彼女は尋ねました。
「決まってる……姉さんの復活のためさ!」
恭介さんが答えたそのとき。
勢いよくドアが開き、更紗ちゃんが飛び込んできました。

「兄さん! もうやめて!」
「何をいうんだ、更紗。姉さんに戻って来てほしくないのか!?」
振り向いて叫んだ恭介さんの頬を、更紗ちゃんが叩きました。

「しっかりしてよ! 姉さんは、もう死んじゃったでしょ!?」
そういった更紗ちゃんは、泣いていました。
「嘘だ! 姉さんは死んでいない。
器になる体を用意すれば、僕たちの元へ戻ってきてくれるんだ!!」
恭介さんは、だだっ子のように両腕を振り回しました。

その拍子に、サイドテーブルの薬ビンが落ちて割れてしまったのですわ。
こぼれ出した薬品は、床で混じりあい、青い小さな炎を発しました。
「いけない!」
更紗ちゃんは叫んで、手術台に縛りつけられていた彼女を、解放してくれたのです。

そうしているうちにも、炎が広がっていきます。
もう部屋中、火の海です。
「逃げて!」
更紗ちゃんの声を背に、彼女は手術室を飛び出しました。
けれど、そこにも炎が先回りしています。
熱さと煙で、目も開けていられません。

どっちに行けば、逃げられるのでしょうか。
彼女の胸は、絶望で真っ黒に塗りつぶされました。
そのとき、立ちこめる煙がふわりと動いて、白くぼやけた女性の形になったのです。
その女性が、ある方向を指し示すと、そこだけ炎がなくなりました。

まるで、見えない手が押しのけたように見えたそうですわ。
そこには、大きく開かれた窓があったのです。
……気がついたとき、彼女は森の中に倒れていたそうですわ。
屋敷は、燃えつきて真っ黒な、みすぼらしい姿になっていたんですって。

後でわかったことですが、あの屋敷の女主人は、一年前から姿を消しているのです。
女主人の弟と、まだ幼い妹が二人で、姉が戻ってくるまで屋敷を守る……といっていたそうですわ。
もしかしたら、火事のとき彼女を助けてくれた、あの白い女性……。

あの方が、いなくなったという女主人ではないでしょうか?
恭介さんは、大好きだったお姉様をよみがえらせようとしたのでは?
おそらく事故か何かで、急にお姉様が亡くなって……。
彼は、その事実に耐えられなかったのでしょう。

いいえ……私の、単なる直感なのですけれど。
でも、それなら屋敷の中で、奇妙なことが起きた理由も、わかるような気がしませんこと。
心の中に闇を飼っている者は、いろいろな『モノ』を呼び込んでしまうものですから。
…………さあ、これで私の話は終わりますわね。

次の方は、どなただったかしら?


       (六話目に続く)