晦−つきこもり
>五話目(藤村正美)
>H8

そうですわね。
悪いことをするなら、昼間よりも夜の方が、向いているような気がしませんこと?
だから更紗ちゃんも、彼女を追い出すための次の手段を、考えている最中ではないかしら。
彼女はそう思って、ノックもせずにドアを開けたんですって。

すると、そこには…………何もなかったんですわ。
床も、壁も、天井も。
ただ真っ暗な空間の真ん中に、ちょこんと更紗ちゃんが浮いていたのですって。
彼女は、あわててドアにしがみつきましたわ。
どうなっていると、いうのでしょう?

そんな彼女の顔色を読んだように、更紗ちゃんが微笑みました。
「ここは私の夢の中よ。屋敷も、恭介兄さんもみーんな、私の夢の登場人物なの。もちろん、あなたもね」
そういった更紗ちゃんは、とても得意げです。
彼女の頭は混乱していました。

「どういう意味なの? 私はちゃんと、生きてるわよ」
「ううん、違うわ。今まで気づかなかったの? この屋敷に入った瞬間から、あなたも私の中の一部なのよ。こんなことだってできるんだから」
更紗ちゃんが、パチンと手を叩くと同時に、彼女の全身から血が吹き出しました。

傷もないのに、血だけが大量に流れ出ていくのですわ。
「兄さんだけじゃ、退屈していたのよ。これからしばらくは、あなたが楽しませてくれるんでしょ」
更紗ちゃんの声は聞こえますが、姿は見せません。
目がかすんでいるのですわ。

指先が冷たくなって、意識が遠のいていきます。

「安心して、死にはしないから。
全身から血を抜いても、首を飛ばしても、何回だってやり直せるんだから。ゆっくり遊ぼうね…………永遠に」
ゆっくりと崩れていく彼女の耳が、最期に聞いたのは、更紗ちゃんの高らかな笑い声だったそうですわ……。

正美おばさんは、そういって話を締めくくった。
…………………………え?
何なの、今の話?
作り話にしては手が込み過ぎって感じだけど、本当の話とも思えない。
大体、どうやって今の話を知ったっていうのよ。

「うふふ……私がなぜ、こんなことを知っているのか……っていう顔ですわね」
おばさんが、意味ありげな顔で笑っている。
「葉子ちゃん……知らない方がいいってことも、この世の中にはあるんですのよ……うふふ」
何だか嫌な気持ち。

おばさんは、何を知ってるっていうの?
「さあ、葉子ちゃん。次の方に話してもらいましょうよ……」


       (六話目に続く)