晦−つきこもり
>五話目(藤村正美)
>K5

そう、彼女には誰の仕業か、わかったのですわ。
更紗ちゃん……それ以外、考えられませんわよね。
でも彼女は、騒いだりしませんでした。
何といっても、相手は病人ですものね。
へたに怒って意固地になられては、治療の妨げになりますわ。

そして次の日のことでした。
起きていった彼女を待ち受けていたのは、更紗ちゃんの笑顔だったのですわ。
「すごいわ、看護婦さん。合格よ」
そういわれて、彼女はキョトンとしましたわ。

「私と兄さんと暮らすんだもの、私の好きな人じゃなきゃ、嫌だったの。看護婦さんは、私のイタズラに騒がなかったじゃない? だから合格なの」
更紗ちゃんは、ニコニコとして答えました。
昨日の、あれがイタズラ……?

でも、家から出られない病人が、せめてもの退屈しのぎにやったのだ……と思うと、責められなかったのです。
それからは、打ち解けてくれた更紗ちゃんと、仲良く暮らしていましたわ。
更紗ちゃんの病気も、だんだんよくなってきたようでしたしね。

そんなある日の朝、更紗ちゃんが彼女の部屋に入ってきました。
そして、彼女を起こして、いったのです。
「おはよう。お茶を入れてきたの、飲んで」
更紗ちゃんは、にっこり微笑みました。

彼女は起き上がって、カップを受け取りましたわ。
初めの頃に比べると、見違えるようななつかれ方ね……なんて思いながら。
そういえば、と彼女が気づいたのは、熱い紅茶を口に含んだ瞬間でした。
私は昨日、鍵をかけて寝たんじゃなかったかしら……?

苦い塊がこみ上げてきます。
「ぐええっ」
彼女はのどを押さえ、転げまわりました。
焼けつくような痛み、こみ上げる吐き気と恐ろしい頭痛が、彼女を襲います。
更紗ちゃんはそれを見て、嬉しそうに笑いました。

「ふふっ、これで、いつまでもいてくれるね。私の病気が治っても、帰らないよね」
……更紗ちゃんは、紅茶に何か、毒物を入れたのですわ。
おそらく、庭の害虫駆除用の農薬か、何かを。
悪気はなかったのです。

ただ、大好きな看護婦さんに、いつまでも、いてほしかっただけなのですわ。
やがて彼女は、動かなくなりました。
更紗ちゃんは、永遠に一緒にいてくれる、お姉さんを手に入れたわけですわね。
……その後のことは、私にはわかりません。

更紗ちゃんたちは、幸せなんじゃないかしら。
ねえ、葉子ちゃん。
殺されるほど愛してくれた相手が、幸せじゃないなんて……。
そんなこと、許せませんわよね。
…………あら、嫌な顔をして。
葉子ちゃんには、まだわからないかしらね。

うふふ……これで、私の話は終わりですわ。
まだ話していないのは、どなただったかしら?


       (六話目に続く)