晦−つきこもり
>五話目(藤村正美)
>M6

そうでしょう、うふふ。
夜になっても、彼女は興奮したまま、寝つけなくなってしまったんですの。
ほら、怒ると頭に、カーッと血がのぼるでしょう。
いくら考えても、あのネズミが気のせいだったとは思えません。

ということは、更紗ちゃんと恭介さんが、しめし合わせていたのですわ。
いいえ、更紗ちゃんが、やさしい恭介さんを、無理矢理巻き込んだのでしょう。
このままには、しておけません。
彼女は、更紗ちゃんの部屋を訪ねました。

ノックしようとしたとき。
何か、くぐもったような、小さな悲鳴が聞こえたのです。
何となく嫌な予感がして、彼女は鍵穴から覗いてみることにしました。
…………部屋の中には、更紗ちゃん一人のようです。
子犬を抱いて、頬ずりしているように見えましたわ。

ところが、更紗ちゃんがこちらを向いた瞬間。
彼女は見てしまったのです。
子犬の首から、生き血をすすっている更紗ちゃんを!!

悲鳴をあげそうになって、彼女は必死に耐えました。
それから、混乱した頭で、必死に考えたのです。
更紗ちゃんのやっていることは、正常には見えない。
自分にした、あのひどい仕打ちといい、もしかしたら人間ではないのかもしれない……そう思ったのだそうです。

吸血鬼…………。
そんな言葉が頭に浮かぶまでに、そんなに時間がかかりませんでした。
彼女はそっと部屋に帰り、時間がたつのを待ちましたわ。
そして真夜中、再び部屋を出たのです。

更紗ちゃんの部屋に忍び込み、眠っている彼女のベッドサイドに立ちました。
それから、隠し持っていた火かき棒を振り上げ……!!
「ぎゃっ」
ショックで跳ね上がろうとした小さな体が、火かき棒に邪魔されて、不自然な動きを見せました。

棒は、更紗ちゃんの体を貫いて、ベッドにまで突き刺さっていたのですもの。
肩で荒い息をしながら、彼女は更紗ちゃんの死体をにらみつけていました。
更紗ちゃんが吸血鬼なら、心臓を貫かれたら灰になるはずです。
それなのに……。

「何をしてるんです!?」
背後で、恭介さんの声がしました。
ベッドの上の更紗ちゃんを見て、真っ青な顔で駆け寄ってきます。
「更紗! な、なんてことを!!」
彼女の頭の中で、危険信号が鳴り始めましたわ。

ナニカ変ダ……コンナハズジャナイノニ。
「だって、更紗ちゃんは吸血鬼じゃあ……」
つぶやく声も震えています。

「馬鹿なこといわないでください!
更紗を、どうしてくれるんですか!?」
半泣きの恭介さんを見て、彼女は自分のやったことに気づきました。
めまいがします。
自然と涙があふれてきて、彼女は更紗ちゃんにしがみついて、泣き出しました。

「ごめんなさい、更紗ちゃん……」
そういう間にも、小さな体からは、刻一刻とぬくもりが失われていくようです。
後悔で、彼女の胸は引き裂かれそうでした。
涙の粒が、柔らかな頬に落ちた瞬間。

更紗ちゃんの目がカッと開きました。
バネ仕掛けの人形のように跳ね起きて、彼女の首にかみついたのですわ。
……更紗ちゃんは、味わうように目をつぶって、ごくごくと新鮮な血を飲んでいます。
胸の傷など、何とも思っていないようです。

そんな様子を見ながら、恭介さんは、満足そうに頷いていましたわ。
「まったく、せっかくのご馳走を逃がしてしまうかと思って、はらはらしたよ。今度から、イタズラは控えておくれ」
そういうと、更紗ちゃんはクスクスと笑いました。

天使のような、本当に純真な笑顔だったそうですわ。
心臓を貫かれても死ななかったのだから、吸血鬼でも、もちろん人間でもないのでしょうけれど。
そんな可愛らしい魔物がいるなんて……信じられませんわね。
うふふ……これで、私の話は終わりですわ。

まだ話していないのは、どなただったかしら?


       (六話目に続く)