晦−つきこもり
>五話目(藤村正美)
>R2

まあ、嬉しいですわ。
葉子ちゃんが、真の看護婦というものを、理解してくれていたなんて。

何よりもまず、人のことを思いやれる優しい心。
これがなければ、看護婦は勤まりません。
お金とか、見返りのことなんて、私たちの頭の中には存在しないも同然なのですわ。

彼女もきっと、同じだったと思います。
それでも、その家を初めて見たときは、思わず息を飲んだそうですわ。
曲がりくねった道なき道を、地図を頼りに進んで数十分。
深い、深い森の中の、大きなお屋敷。

まるで外国の映画に出てくるような、りっぱな洋館だったのですもの。
ツタが絡んだ壁は、屋敷の由緒正しさの表れのようです。
ポカンと立ち尽くした彼女の目の前で、重い扉がきしみながら開きました。

「ようこそ。お待ちしていましたよ」
……そこに立っていたのは、黒いシャツを着た、背の高い三十歳前くらいの青年でした。
物静かな、深い色の目で彼女を見下ろしています。

「あ、あの私は……」
「妹を介護してくださる方でしょう。早速、案内しますよ」
にっこりと笑って、青年は彼女を中に招き入れましたわ。
通された、天井の高い応接間には、厚手のカーテンが掛かっていました。
まだ夕方だったというのにね。

そして、中央のワインレッドのソファに、美しい少女が座っていたのです。
黒いつややかな髪は、フワフワと軽くカールして、肩にかかっています。
白い寝間着の上から、大きなショールを巻きつけている姿は、愛くるしいアンティックドールのようでした。

明るい茶色の瞳が、じいっと、こっちを見つめています。
「この方が、おまえの世話をしてくれる看護婦さんだよ」
青年の声に、少女はパチパチとまばたきして、少し頭を下げました。
けれど、その可愛いくちびるからは、何の言葉も出ませんでしたの。

気むずかしそうな病人だな、と思ったそうですわ。
まあ病人は、誰だって多少、気むずかしいところがありますからね。
青年は、無愛想な妹の代わりだというように、気軽に微笑みかけました。

「僕は恭介、妹は更紗。両親を早くに亡くして、この家には僕たち二人だけなんだ。くつろいでくださいね」
この広い家に、二人きりですって?
一瞬、奇妙だと思いましたが、彼女はあえて、詳しく聞いたりはしませんでした。

誰にだって、事情はありますもの。
葉子ちゃんも、そうするでしょう?
1.たぶんそうする
2.気になることは、徹底的に聞く