晦−つきこもり
>五話目(前田良夫)
>C10

そうだよ。
成田は、そのボタンを押したんだ。
取り出し口に、缶が落ちてきた。

成田はかがみ込んで、缶を取り出したんだよ。
やっぱり、何も文字や絵がついてない、青色の缶だったって。
ヤツはためらいもしないで、缶を開けたんだ。
甘酸っぱいようなにおいがする。
一か八かで、成田は缶の中身を飲み込んだ!

冷たくて、ちょっと青臭いような液体が、のどの奥に流れ込んでく。
同時に、ザワッと肌がうごめいた感じがした。
見ると、皮膚の下に見えてるきのこが、細かく震えてるんだよ。
やっぱり効果があったんだ!

ホッとした成田が見守る前で、きのこの動きは、どんどん速く、大きくなってったんだって。
なんかヤバイ!
そう思ったときには、もう遅かった。
そして。
……日が暮れて、辺りが暗くなった頃、成田の姿は消えていたんだ。

ヤツが着てたシャツやジーンズだけが、脱ぎ捨てられたみたいに、あちこちに落ちてた。
後で帰ってきた成田の父親が、奴を捜しに出て、それを見つけたんだってさ。
拾い上げてみたら、ちょうどその陰の部分に、直径二センチくらいの白いきのこが、びっしり生えてたんだって。

それっきり、成田は見つからなかった。
あ、そうそう……ヤツの母親は、なんともなかったらしいよ。
ただ、成田の体にきのこが生えた……なんていったもんだから、正気を疑われちゃったんだって。
今では、どっかの病院に入ってるって聞いたけど。

でも、オバケ販売機から出てきたジュースって、なんだったんだろうな。
きのこを消すどころか、反対に自分が消えちゃうなんて……。
その話を聞いてから、俺はあの自動販売機には近寄んないんだ。
だって……そんなの当然だろ。

誰だって命が惜しいんじゃねーの?
とにかく、俺の話は終わりだよ。
残ってるのって誰だっけ?


       (六話目に続く)