晦−つきこもり
>五話目(前田良夫)
>E10

そうだよ。
成田は、そのボタンを押したんだ。
取り出し口に、缶が落ちてきた。
成田はかがみ込んで、缶を取り出したんだよ。
やっぱり、何も文字や絵がついてない、金色の缶だったって。

冷たくって、持ってるだけで手がしびれてくるんだ。
びりびり、しびれて痛くてさ。
たまらなくなって、思わず手を離しちゃった。
…………それなのに、缶は手にくっついたままなんだって。
張りついたみたいに、振っても離れないんだよ。

痛みはどんどん、激しくなってく。
ほら、わかるかな……冷たい氷をつかんで、くっついちゃった、あの感じ。
皮膚に食い込んでんじゃないかと思うくらい、鋭い痛みだよね。

脳みそにまでジンジン響いて、他のこと考えられなくなってく。
「ウアーーーーッ!!」
成田はとうとう叫んで、オバケ販売機に腕を叩きつけた。
ものすごい勢いでさ、ボキッと骨が折れちゃったんだって。
それでも、缶は手のひらに食い込んだままだ。

骨折の痛みなんか感じないくらい、ものすごいしびれ方なんだよ。
成田は何度も何度も、オバケ販売機の固い胴体に腕をぶつけた。
そのたびに、どっかの骨が折れたり外れたりする、乾いたような音が響くんだ。

成田の手首からは、折れた骨が肉を突き破って飛び出してたよ。
それでも、あいつは手を止めないんだ。
腕の骨はグシャグシャで、血がダラダラ流れてた。
「ウガアアーーーーッ!!」
成田はケモノみたいな声で叫んだ。

何十回目かに、腕を叩きつけた瞬間。
とうとう、腕がちぎれて飛んじゃったんだって。
成田は、痛くないみたいにニヤッと笑って、そのままフラフラと歩き出した。
血をボタボタ垂らしながら、どこへともなく消えてったんだってさ。

落ちた腕の方は、どうなったかって?
どっかに当たった拍子に、プルトップが取れちゃってさ、中身が流れ出したんだ。
その焦げ茶色の液体に浸った腕が、ピクッと動いた。
ボロボロの指とかが、ざわめくみたいに動いてさ。

まるで、クモかなんかの昆虫みたいに、ザワザワッと走り出した。
それから、オバケ販売機の取り出し口に入ってっちゃったんだって。
それっきり、成田を見た人はいないんだよ。

その話を聞いてから、俺はあの自動販売機には近寄んないんだ。
だって……いつか生きた昆虫みたいにうごめく手が、取り出し口から出てくるかもしんないじゃん。
とにかく、俺の話は終わりだよ。
残ってるのって誰だっけ?


       (六話目に続く)