晦−つきこもり
>五話目(前田良夫)
>F10

そうだよ。
成田は、そのボタンを押したんだ。
取り出し口に、缶が落ちてきた。
黒っぽい缶だから、日が暮れかけてると、よく見えないんだ。
成田はかがみ込んで、取り出し口に手を差し込んだんだよ。
その瞬間!

缶の出口から、にゅっと細い腕が出てきた!!
半分巻きつくように、成田の手首をつかむ。
そして、ものすごい力で引っ張るんだ。
フタのプラスチックにこすられて、びりびりと皮膚が破れる。
きのこがつぶれて、辺りを白い粉が覆った。

息をしようとすると、粉まで吸い込んじまうんだ。
成田は息を止めたよ。
だけど、そんなんで力が出るわけないよな。
あっという間に、肩口まで引きずり込まれちゃったんだって。
それといっしょに、ボキッといやな音が響いた。

「ウギャアーーッ!!」
成田が悲鳴をあげた。
腕の骨が、ねじれて折れた音だったんだ。
それでも、引っ張る力は弱まらない。
それどころか、取り出し口から細い腕が何本も伸びて、成田を捕まえようとするんだよ。

皮膚をつかんでは破り、きのこをつかんではつぶしながら、オバケ販売機に引きずり込んでく。
ゴキゴキッと、固い物が砕けるような音が続いた。
それからしばらくして、月が昇った頃にはもう、成田の姿は消えてたんだってさ。

ただ、あいつの運動靴が片方だけ、転がってたって。
その中には、手のひらに載るくらいの、変な形の石コロが入ってたんだって。
まるで、中身が溶けて固まっちゃったって感じだったらしいぜ。

……成田がどこに行ったのか、警察にもわからなかったよ。
ううん、ヤツだけじゃない。
成田の母親も、いなくなっちゃったんだ。
父親が帰ったら、家中白いきのこだらけで、誰もいなかったんだってさ。

そのきのこ、学者も知らないような、新種だったらしいぜ。
オバケ販売機が生み出したのかもな。
その話を聞いてから、俺はあの自動販売機には近寄んないんだ。
だって……いつか白いきのこを生やした腕が、取り出し口から出てくるかもしんないじゃん。

ところでさ、これ何だかわかる?
この石…………実は、成田の靴の中に入ってた石なんだって。
もしかしたら、成田だったかもしれない『モノ』なんだぜ。
…………なーんちゃってな。

ホントかどうか知らないよ。
でも、俺にこの話をしてくれた友達が、くれたわけ。
こういうアイテムがあると、話がモノホンっぽいじゃん。
葉子ネエ、信じたろ……へへっ。
とにかく、俺の話は終わりだよ。
残ってるのって誰だっけ?


       (六話目に続く)