晦−つきこもり
>五話目(前田良夫)
>K6

そうかあ?
成田の気持ちになってやれよ。
眠いとき、横でわめかれたら、誰だってむかつくじゃん。
だから、成田は黙ったまま、布団をかぶっちゃったんだ。
布団の中はあったかくって、そのままつい、ウトウトしちゃったんだってさ。
あ、ううん。

ウトウトのつもりだったんだけど…………。
また夜が来て、朝になった。
呼んでも起きてこない成田を心配して、親がドアをたたき壊して開けちゃったんだよ。
……中は、真っ白だった。
机もカーテンも、ベッドの上にも白い膜が張ったみたいになっててさ。

よーく見ると、それがみんな、きのこなんだよ。
あわてて、布団をめくってみた。
そしたらシーツの上に、他より大きなきのこが、びっしり生えてたんだ!
ちょうど、丸まった人みたいな形をしてた。

成田は、それっきり見つからなかったんだって。
きのこの方は、なんか新種だとかいって、どこかの大学が調べに来たらしいよ。
でも不思議なことに、採集して研究室に持って帰ったら、次の日には溶けて消えちゃったんだってさ。

ってことは、成田も消えちゃったのかなあ……?
……………………………………… 。
……………………………………… 。
……………………………………… 。
……オバケ販売機って、なんなんだろう。

なんで、きのこなんだろう。
販売機の中に、そのきのこが生えてるってわけじゃないだろうし。
なんだか……気持ち悪いよな。
この話聞いてから、誰もオバケ販売機に近づかなくなったよ。
少なくとも、俺は絶対にやだね。

葉子ネエ、信じないんなら行ってみれば?
……良夫ったら、ニヤニヤしちゃって。
私が怖がるとでも思ってるのかしら?
それとも、本気にして行くって?
馬鹿にしないで、誰が行くもんですか。

私は、次の人に向き直った。
……その瞬間、良夫の表情が変わった。
「行かないのかよ、葉子ネエ。
信じてくれないの?」
不安そうに眉を寄せて、ひざ立ちになってる。
何よ、当たり前でしょ。

「行きなよ、葉子ネエ。
怖くて行けないのかよ、かっこ悪いぞ。行ってみろよ!」
良夫は泣きそうな顔をしている。
どうしたっていうの……?
「ねえ、葉子ネエってば! お願いだから……」
叫んでいた声が、不意に途切れた。

良夫は驚いたような表情で、口をパクパクさせている。
そのくちびるの間から、白い物がポロッとこぼれた。
畳の上を転がった、それは…………。
白くて丸い、小さなきのこ。
「う……うあ……」
せきを切ったように、小さなきのこが口から溢れ出てくる。

百個や二百個じゃないわ。
良夫は、泣きながら何かいおうとしているけど、きのこに邪魔されて声にならない。
これってまさか、良夫の話に出てきたきのこなの!?
「うえ……っ」
むせ込んだ良夫が倒れた拍子に、ポンポンと弾けるような、妙に可愛い音がした。

同時に、白い粉がパッとあがる。
これは胞子!?
私たちは、ハッと青ざめた顔を見合わせた。
良夫の話が本当なら……私たちも同じ目に?
もうもうと立ちこめる白い煙に、部屋の壁さえかすんでいる。

気のせいか、耳の奥でプチプチいっているのは、まさかきのこが……。
小さな音が、頭の中にいっぱいになる。
そして、気が遠くなっていった…………。


すべては闇の中に…
              終