晦−つきこもり
>六話目(真田泰明)
>A1

そう。
知ってたのかな。
まあ、待望の新作だったからな。
しかし、尾岳冬良の遺作は未完成だったんだよね。
彼はその作品の執筆中、心不全で死んだんだ。
だから、そのシナリオをどうするかで、かなりもめた。

まあ結局、シナリオライターが続きを書くことになったんだよ。
でもさ、大家の作品の続きだからな。
未完成でも、凡人が完成させるよりましだって、あっちこっちから異論は出たよ。
でも、そのシナリオライターの意地もあったんだろ。

どうしても書きたいといって譲らなかった。
そして、三ヶ月かけて完成させたんだが、尾岳冬良の信奉者だった一部の人達以外は、みんな納得したよ。
本人が書く予定だったものより、番組的には受けるだろうって。

追悼番組といっても、やはり、視聴率優先でね。
小説の舞台は明治時代の洋館だった。
舞台になる洋館は程なく選ばれて撮影に入ることになったんだ。
そしてスタッフやキャストは、現地入りした。

作業開始は翌日からだったんで、現地入りした当日は、取り敢えずホテルに泊まったんだ。

その夜、何人かのスタッフが俺の部屋に来て飲み会になった。
「泰明さん、飲みませんか」
俺が扉を開けると、そこにはシナリオライターの花田さん、ADの吉川、そして、主演の河口君がいた。
「おう、河口君、入れよ」
俺はそう答えると、彼等を部屋に入れる。

彼等はそれぞれ持って来たウイスキーやつまみをテーブルに置くと、椅子やベッドに座った。
「いよいよ明日からですね」
ADの吉川が俺にいった。
「まあ、明日は準備だけだから、撮影はないけどな」
話好きの彼はさらに話を続けた。

「でも、河口さんも物好きですね。
撮影用にいじられる前にあの洋館を見ておきたいなんて」
吉川が河口君に振る。
「ははっ、俺が怪奇現象とかを好きなのは知っているだろ」
彼は二十代後半で、役者としては中堅どころで安定した地位と人気があり、気さくな人柄からスタッフにも人気がある。

今日もそんなことから、吉川が引っ張って来たんだろう。
「でも、あの洋館で昔、殺人があったって本当なんですか」
吉川は不安そうな顔をしながら、河口君の方を見て聞いた。
「うん、まあ、噂だな」
河口君は曖昧に答える。

「何に脅えてんだよ、吉川。そんなに怖いのか」
俺はびくびくしている吉川をからかった。
「ずるいですよ。泰明さんだって気味悪いっていってたじゃないですか」
吉川は恐がりで、河口君とは対照的だ。

しかし、年が近い事もあり、二人は結構気が合うようだった。
俺達はしばらく、酒を飲みながら、くだらない話を続ける。
そしていつのまにか、あの洋館の話に戻った。
「でも、こんなところにあんな洋館があるなんて、知らなかったよ」
話を戻したのは花田さんだ。

「通りがかりにチラッと見ただけだけど、昼間でも不気味ですよね」
吉川が同調する。
「あの洋館は、明治時代に建てられたもので、ちょっといわくがあるんだ」
河口君が口を開いた。

彼の怪奇現象好きは、あくまでも趣向の範囲内で、役者として問題がある訳ではない。
「実は泰明さんにあの洋館を推薦したのは俺なんだよ。あの洋館には個人ではどうしても入れなくてさ。ははははっ」
河口君は更に続ける。

「そうだ、泰明さん、これからあの洋館に行ってみませんか」
河口君が満面の笑みを浮かべていった。
「おいおい、もう夜だぜ!」
俺は冗談だと思って、適当に応じる。
「やめましょうよ〜」
しかし吉川は、みんなの顔を見回しながら嫌がった。

「臆病だな、泰明さん、吉川なんて置いて行きましょうよ」
河口君は目を輝かせている。
「そういえば、飯山、来ないな。
あいつも洋館の見学に行きたいっていってたんだけどな」
河口君は完全に行く気になっているようだった。
「飯山が来るのか」
俺は河口君に、そう尋ねた。

飯山は特殊メイクのスタッフで、冗談好きの明るい男だ。
「はい、さっき誘ったとき、あとで来るっていってたんですよ」
河口君はそう答えた。
「寝ちゃったんじゃないか」
そう花田さんが口を挟む。

「そうだな、あいつロケバスの中で調子が悪そうだったからな」
俺は飯山がロケバスの中で、青い顔をしていたのを思い出す。
しかし、河口君は飯山のことなんか気にしない感じで、話を戻した。

「行きましょうよ。泰明さん、鍵を持っているでしょ」
河口君は半分腰を浮かし、もう完全に行く気になっていた。
「やめましょうよ、河口さん。明日、朝早いし」
吉川は相変わらず嫌がっている。

「俺は別に朝早くないからなっ」
これから、二、三日は撮影準備なので、役者の河口君は、これといってやることがなかった。
彼等の掛け合いは更に続く。
「それに、懐中電灯とかないじゃないですか」
吉川が反論した。

「ロケバスに幾つかありましたよ」
河口君はもう行くつもりで、下調べは終わっているような口振りだった。
そして俺は河口君の押しに負ける。
「じゃ、行くか」
俺はしょうがないという気持ちで、そういい放った。

「やった!」
河口君にはめずらしく、子供のようにはしゃいでいる。
そして俺達は立ち上がると、部屋を出た。
「飯山の部屋によって行きます。
ロビーで待っていてください」
河口君はそういうと、飯山の部屋に向かった。

そして残された俺達は、ロビーに向かう。
俺はロビーに降りるとソファーに座り、ぼんやり河口君が来るのを待った。
横では花田さんも、ぼんやりしている。
そして俺は吉川を見た。
彼はロビーの柱のところで不安そうにたたずんでいる。

そして、少しイライラし出したとき、河口君が戻って来た。
「部屋の外で呼んだんですが、出てきませんでした。やっぱり、寝ているのかもしれません」
河口君はソファーのところに来ると、そういった。
「じゃ、俺達だけで行くか」
俺がそういうと、各々うなずいて玄関を出た。

「歩いて行くのか」
花田さんが、俺にそう尋ねる。
「ええ、歩いても十五分ぐらいなんですよ」
彼の方を向いて、俺はそう答えた。

「じゃ、懐中電灯を持ってきます」
河口君は吉川を連れ、ロケバスに行くと人数分の懐中電灯を持って来た。
彼等はみんなに懐中電灯を配る。
しかし、洋館まで行く道は月明かりが道を照らし、懐中電灯をつけるほどではなかった。

その夜は満月で、空には雲一つなかったんだ。
「河口君、洋館についてもう少し教えてくれよ」
俺は河口君に語りかけた。

「あっ、いいですよ。でもあまり詳しく知っているわけじゃないですよ。まあ、知っている範囲なんですけど、明治時代に元大名家の華族が住んでいたという話なんです。何か事件が起きて以来、使われなくなったという話なんですよ」
彼は空を見上げるようにして、そういったんだ。

道は急な登り坂に入った。
この坂の上に洋館がある。

「しかし、華族のゴシップだから明治政府の情報操作が入っているらしく、本当のところはよくわからないんです。
それとこの洋館を薦めた理由はもう一つあるんです。

俺がこのドラマの出演が決まった後、原作者だった尾岳さんが、執筆中に何回か取材に来たらしいという話を耳にしたんですよ。
だから未完成の後半のヒントが、何か、あるんじゃないかと思うんです」
俺は河口君の方を振り向いた。

「じゃあ、原作はこの洋館をモデルにしたということか」
そしてちょっと興奮したように、そう聞き返す。
「いや、尾岳さんが死んだ今となっては、本当のところはわからないんですが、ただ何かあると俺は思うんです」
呟くように河口君が答えた。

花田さんは自分が創作した後半のストーリーについて考えているようだ。
彼がそんなことを話していると、坂が終わりに近づいてきた。

坂の上の洋館が見えてきた。
「あ、あれか………」
花田さんはそう呟く。
洋館は翼を広げた巨大なコウモリのようにたたずんでいた。
そして闇の主のようにどっしり構え、月を背後に従わせていたんだ。

俺は鍵をあけ、門をひらいた。
そして俺達は中に入る。
先頭には俺と河口君、その後ろに吉川、そして最後に花田さんという順番だ。
門のところから玄関まで百メートル程ある。
俺達は各々、懐中電灯のスイッチを入れた。

みんなの懐中電灯が洋館の外観を照らす。
外壁はツタに覆われ、窓もツタの中に埋まっていた。
俺達は玄関の扉の前に来る。
中は真っ暗で、窓からはツタの隙間から、僅かに月明かりが入っていた。

各々の懐中電灯は家の中を照らしている。
玄関に入って、すぐのところには、ホールのようなものがあった。
そのホールには左に廊下があり、前と右には扉、そして階段があった。
(さて、俺達の探検の始まりだ)

(→探索1回目)