晦−つきこもり
>六話目(真田泰明)
>3U5

「そうだな、周囲に道があった筈だし、とにかく屋敷を離れれば道に出る筈だ。それにあの屋敷で起きたことを考えると、まだ迷子になった方がましかもしれない………」
俺はあの屋敷での出来事を思い出していた。

「そうですよ、あんな所に、もう戻りたくありませんよ!」
吉川は泣き叫ぶように、みんなに訴えた。
「そうだな、とにかく屋敷から離れよう」
花田さんが賛成してくれる。
俺達は、また走り出した。

しかし、いつまでたっても、その生け垣を抜けることはできなかった。
「いったいどうなっているんですか!」
先頭を走っていた河口君が、そう叫んで立ち止まった。
みんなも息を切らし、走るのを止める。

「泰明さんっ、やっぱり、玄関の方に行った方がよかったんじゃないですか」
河口君がそう主張する。
「しかし、あの屋敷に戻るのは危険じゃないかな」
俺は意見を促そうと、花田さんを見渡した。

しかし花田さんは思案に苦しんでいる顔をして、口を開かない。
俺は周囲を見回した。
そして吉川がいないことに気づいた。
「吉川は………、吉川はどうした………」
みんなの顔を見回して、俺は聞いた。

「あれ、吉川がいない………、吉川! 吉川!」
河口君が、あわてて探し出した。
しかしその河口君の呼びかけに、答える声はなかった。
河口君は道を後戻りして、探しに行く。
彼の声は、夜の空に響いた。
漫然と時が流れていった。

「河口君、帰ってこないな………」
花田さんが、そんなことを呟く。
「迷ったんじゃないかな………」
そして彼は立ち上がり、辺りをうろつき出した。

「ちょっと見てきましょうか」
そういって、俺は歩きだそうとした。
「おい、泰明君まで迷うぞ」
花田さんは、そういって俺を制止した。
「じゃあ、俺も行くよ」
俺達は生け垣の迷路を、戻り始めた。

あらためてその生け垣を歩くと、本当に迷路だった。
俺達は分かれ道に、生け垣の枝を折って、目印にしながら進んだ。
「あいつら、いないな………」
しばらくして花田さんがそういい出す。

「しかしこれじゃあ、本当に迷ってしまいますよね」
俺はあらためて納得したように呟いた。
辺りに悲鳴が鳴り響いた。
「吉川君じゃあないか」
花田さんは、走り出す。
花田さんは生け垣の曲がり角の所まで行くと、まるで石像のように動きを止めた。

俺も彼の元に向かった。
吉川が倒れている。
しかしそれは一目で、死んでいるとわかるものだった。
服はぼろぼろになり、口からは血を吐いている。
しかも皮膚は、血が抜けているように青い。
俺達はそこに立ちすくんだ。

「な、な、な、なんで吉川が………」
そして俺は震えた声で、そう呟いた。
「とにかく行きましょう。ここは危険です」
俺はそういうと、歩き出した。
「花田さん、いったい………」
俺は花田さんにそう語りかける。

「わからん………、もしかすると河口君もやばいぞ」
俺達はさっき付けた印を辿る。
しかし俺は足を止めざるをえなくなった。
印が生け垣の中を示している。
「どうした泰明君」
花田さんは印を見た。
「これは………」
俺は当惑した。

「花田さん、いったいどういうことでしょう」
花田さんに、俺は疑問をぶつけた。
彼の顔は青ざめ、絶望が浮き出ている。
俺は周囲を見渡した。
生け垣が動いていた。
まるで生け垣の枝が、生き物のように動いている。

「花田さん………、生け垣の枝が………」
花田さんも周囲を見回した。
俺達は屋敷に背を向け、闇雲に走った。
(いったい、どういうことなんだ………)
俺は何がなんだか、わからなかった。

「うわっ」
花田さんの声だ。
振り向くと、花田さんが転んでいる。
彼の足に、生け垣の枝が絡みついている。
「花田さん!」
俺と花田さんは足を止めた。

生け垣の枝は、まるで意志を持っているかのように、花田さんに絡みついている。
俺は必死にひきはがそうとした。
しかし、あとからあとから枝はからみついてきて、とうとう花田さんは枝におおわれてしまった。

花田さんの顔は、見る見る青くなっていった。
まるで、生け垣に血を吸われているようだった。
しばらくすると花田さんは、ぐったり動かなくなる。
俺は彼が死んだと確信した。
足下を見ると、枝が次の獲物を探すように動き出している。
俺は走り出した。

(どうしたら………、どうしたらここから抜け出れるんだ)
俺は走りながら考えた。
しかし、俺はこの地獄から抜け出す方法がわからなかった。
「泰明さん………」
河口君の声がした。
俺はその声の方を振り返る。
そして河口君が薄笑いを浮かべ、口を開いた。

「とうとう泰明さん、一人になりましたね」
彼はそういうと、笑みを浮かべる。
俺は言葉を失った。
「ど、どういうことだ………」
河口君の笑みは、徐々に不気味になってくる。

「ふふっ、俺は案内人だよ、この屋敷のね」
彼の顔は、もう人のそれではなかった。
「まさか、河口君がこの洋館を薦めたのは………」
俺は後悔した。
「なぜ………、河口君、いったい、どうして………」
わけがわからなかった。

「ふっふっふっ、はっはっはっはっはははは、俺も前に来たとき、この屋敷に住み着く化け物の餌食になりそうになってね」
彼はまるで勝ち誇るように、話し出す。
「この屋敷の案内人になる代わり、命を助けられたんだ」
そこにいる河口君は、化け物、そのものだった。

「案内人は二人もいらない。あんたはここで化け物たちの餌になるんだ」
俺は生き延びるすべを考える。
(俺は生き延びるんだ………)
そして意を決すると、俺は河口に飛びかかった。
河口は倒れ、俺はその上に乗り押さえ込む。

そして近くにある石を取ると、彼の頭を殴った。
彼は暴れ、抵抗する。
しかし、しばらくすると彼はぐったりして動かなくなった。
(し、死んだのか………)
俺は我に返った。
(俺は生き延びることができたんだ………)

この夜、この屋敷を訪れた人間は、俺以外、総て死んだ。
そして俺は何とか生き残ることが出来た。
これからが本当の恐怖を味わうとは知らずに………。

これで話は終わりだ。
どう、怖かったかい?
えっ、案内人………。
ははっ、本気にしているのか。
作り話だよ。
でも屋敷は本当にあるんだ。
今度いってみるかい。
ははっ、冗談だよ、哲夫。
でもおまえが怖がるとはな。

冒険もいいけど、山や海だけじゃあないぜ。
そのへんにある何の変哲もないところにも、危険が潜んでいるんだ。

「泰明兄さん、じゃあ今度そこに連れてってください」
哲夫おじさんは、少しムキになってそういい出した。
「じゃあ、私も行く」
由香里姉さんも嬉しそうに手を上げて、そういっている。
「あっ、私も………」
私はついつられ、手を上げる。

「じゃあ、明日、みんなで行くか。
実はここから一時間程のところなんだ」
みんなからは反論はでなかった。
泰明さんの話はこれで終わりだった。

私は一晩に七つの怖い話をするのは、縁起が悪いということだったので、話をしなくて済んだ。
(よかったわ。怖い話なんて知らないもんね)
私は話さなくてよくなって、ホッとした。
それで私たちは、その夜は解散する。

もう夜は遅かったので、私は直ぐに寝た。
そして次の日、何台かの車に分乗して、あの洋館に向かうことになった。
もちろん、私は泰明さんの車に乗る。
「泰明さん、乗っていい?」
私は泰明さんの所にいって、そういった。

「おう、葉子ちゃん、早く乗りなよ」
泰明さんは優しく微笑んで、そういった。
「俺もその車に乗ろう」
良夫は、そういって、泰明さんの車にズカズカ入り込んでいた。

「良夫、泰明さんは、いいといっていないでしょ!」
私は怒るように良夫に怒鳴った。
「いいよ、葉子ちゃん。さあ、みんな車に乗ったみたいだ。そろそろ、出発しよう」
泰明さんは車のエンジンをかけた。

他の四人は哲夫おじさんの車に乗っている。
哲夫おじさんの車はジープのようだ。
私達は小一時間ほど、車を走り出したころ、洋館が見えだした。
「葉子ちゃん、あれだよ」
泰明さんがそう呟く。

そしてそれから十分ほどすると、洋館の門の前まで着いた。
「じゃあ、葉子ちゃん行こうか」
みんなは車を下り、門の前に立つ。
泰明さんは鍵を開けた。
そして屋敷の玄関に向かって歩き出す。
私達は後に続く。

そして泰明さんは玄関のドアの鍵を開けた。
みんなは中に入った。
中はヒンヤリして、空気が少し重く感じる。
私は泰明さんの横に寄り添うように歩く。
そして私たちは次々と部屋を回り、泰明さんの話を聞いた。

私達は一通り屋敷の中を見ると、庭に出る。
庭にはあたたかい光が照りつけていた。
「ああ、怖かった。何か別世界みたい」
私は屋敷を飛び出すように出る。

「葉子ちゃん、ここでお弁当にしましょうよ」
和子おばさんがみんなを見回して、そう提案した。
そしてテラスのテーブルにお弁当を開き出す。
(和子おばさんらしいわ。まだ誰も返事していないのに…)

みんなは和子おばさんに押し切られるように、その周りに集まり出した。
私達は食事を始める。
「泰明兄さん、何でもないじゃないですか、がっはっはっはっ」
哲夫おじさんは口の中に食べ物をためたまま、豪快に笑う。

口からは何かが、飛び散っているようだ。
そしてみんなにコーヒーが配られる。
私はそのコーヒーを飲んだ。
(日差しが気持ちいいわ。何か眠くなって来ちゃった…)

次に目が覚めたとき、辺りは真っ暗で、空は満天の星空だ。
私はテラスのテーブルにうつぶせになって寝ていた。
(あれ…、私、どうしたんだろう…)
そして立ち上がると、周囲を見渡す。
辺りはひっそりとして、誰もいない。

「泰明さん! …誰か!」
返事は無かった。
私はテラスのドアに手をかける。
しかし、ドアは開かなかった。
私は当惑した。
「みんな、どこいったの!」
声は夜の空に溶けるように消えていく。

私は玄関の所に行こうと、走った。
しかし私が走り出すと、目の前に猫が立ちふさがる。
(な、なんなのこの猫…)
足がすくんだ。
無数の目が私をジッと見つめる。

そこには数え切れない程の猫がたたずみ、私の行く手を拒んでいるようだ。
私は無我夢中に走った。
そして我を取り戻したときは、生け垣の中に迷い込んでいた。
(こ、ここはどこだろう…)
洋館はかなり遠くに見える。
私は心細くなった。

(こ、この生け垣は、泰明さんの話に出てきたところじゃあ…)
もう歩けなかった。
恐怖で足がすくみ、動けない。
私はその場で腰を落とした。
生け垣の隙間から、人影が見えた。
(だ、誰…)

私は一滴の希望を求め、強張る足を無理矢理動かし、その人影に向かう。
生け垣の向こうに人影が少しずつ現れる。
(ま、ま、ま、正美おばさん…)
正美おばさんが真っ青な顔して倒れていた。

それは泰明さんの話に出てきたスタッフの死に方とそっくりだ。
「い、嫌ーー!」
私は無我夢中で走った。
しばらく走ると、私は何かにつまずき、転んだ。
(まさか…、生け垣が襲ってきたんじゃあ…)
私は恐る恐る振り返った。

私がつまずいたのは良夫だった。
生け垣の枝が、まだ少し巻き付いている。
私は硬直する体を無理矢理動かし立ち上がり、そして先に進んだ。
(て、哲夫おじさん…、おじさんなら…)
そう思い悲鳴の方に走る。

しかし私がそこに着いたときには、地面に倒れていた。
(おじさん…)
もう終わりだと思った。
そしてその場に跪く。
空には星が美しくきらめいている。
私は視線を下ろした。
生け垣の向こうに、和子おばさんが倒れているのが見えた。

もう驚くこともできない。
(やっぱり、泰明さんが…)
泰明さんの話が本当のことだと確信した。
「葉子ちゃん…」
泰明さんの声だ。
私は振り返る。
「さあ、残ったのは君だけだ」
泰明さんは寂しそうに笑った。

「あそこで朝まで寝ていれば助かったかもしれないのに、残念だよ…」
そういうと、怖い顔をする。
そして彼は徐々に近づいて来た。
(泰明さんに殺されるのか…)
私は他人事のように、そう思った。

「葉子ちゃん、明日は君の両親やみんなをここに連れてくる予定だ、はっははははっ」
彼は私の前で止まると、そういい放った。
(お母さん達を…)
私は我に返った。

「な、何で…」
そして私は哲夫おじさんの所に落ちていたナイフを手に取ると立ち上がる。
私はそのナイフを前にかざし、泰明さんの方に走った。
(えっ…)
泰明さんは何の抵抗もなく、刺された。

(なんで………)
そして何もいわずに息を引き取った。
(一体…)
訳がわからなかった。
しかし、突然、私は忘れていたことを思い出すように理解した。
私は案内人になったんだ。

そして私は泰明さんが黙って刺された理由がわかった。
(そういうことだったの…、泰明さんは、ずるい…)


すべては闇の中に…
              終