晦−つきこもり
>六話目(前田和子)
>B8

「わかったわ。ごめんなさいね、葉子ちゃん。嫌な話をして。このことは忘れてちょうだい」
和子おばさんは、うつむいてそういった。

「もう、ずいぶん遅くなりましたわね。みなさん、そろそろ眠りませんか?」
正美おばさんが、ふっと息をはく。
「そうだなあ、自分も休ませてもらうよ」
哲夫おじさんが立ち上がる。
私達は、怖い話をやめて寝ることにした。

「……葉子ちゃん、あまり気にしない方がいいよ」
泰明さんが、私の肩をたたく。
みんな、それぞれの部屋に入っていった。
私は、正美おばさんと、由香里姉さんと一緒の部屋だ。
電気を消して、布団に入る。

……眠れないわ。
喉が渇いて、台所に水を飲みにいった。
なんだか、体がだるい。
部屋に戻る途中の廊下で、立ち眩みがし、壁に手をつく。
ふと見ると、さっきの客間から、明かりがもれていた。
誰がいるんだろう?
私は、ゆっくりと近付いていった。

「……葉子ちゃんを、そんな目にあわせるなんて」
えっ、私の話?
この声は……泰明さん?
「でも、誰かが犠牲にならなければいけないのよ」
和子おばさんだわ。

「犠牲って、お堂の中に閉じ込めて、お札を釘で全身に打ちつけるってことでしょう? 残酷すぎますよ」
「私だって、そんなことはしたくないわ。でも、死ぬのがあの子なら、赤い靴の子の呪いのせいにできるんじゃないかしら。証人もいるでしょ。客間で、みんながあの話を聞いているんだから」

何?
何なの?
まさか私を、殺そうとしているの……?

「それにしても、ひどいですよね。
葉子ちゃんをお参りに誘って、暗闇に乗じて殺そうとしたなんて」
「……ひどい言い方しないで。どっちにしろ、このままでは葉子ちゃんの命はないんじゃないかしら。

おばあちゃんなんて、毎年七五三の日に、あのお堂に拝みにいってたんだから。泰明さん、あなたのお母さんや、妹さんもそうしているじゃないの。おばあちゃんの血を引いているんだから。それくらいはしなきゃ駄目なのよ」
しばらく、沈黙が訪れた。

「でも……和子おばさん、赤い靴の子って、死んだかどうかわからないんでしょう。石段から落ちた後、誰かに助けられたかもしれないじゃないですか。おばあちゃんは、事故を起こしたっていう負い目がありましたから、お参りをしつづけたのもわかる気がしますけど……。僕達まで、それに縛られることはないんじゃないですか?」

「泰明さん! あなたまでそんなことをいうの? 葉子ちゃんの親と同じね」
「和子おばさん、落ちついてください」

「落ちついてなんていられないわよ。泰明さん、このままじゃ、あなたの娘が生まれた時、赤い靴の子の呪いに脅えなきゃならなくなるわよ。誰かが犠牲にならないと。実はね、最近、良夫も危ないのよ。なぜか、よく事故にあうようになってしまってね」

どうしたんだろう。
和子おばさん、目がすわっているわ。
こんなの嘘。
絶対に変よ。
「良夫君は、お参りをしていないんですよね。でも……それをいったら、俺だって危ないじゃないですか」

「そうよ。みんな危ないのよ。やっぱり誰かが犠牲にならなきゃ」
和子おばさん……どうしちゃったの?

「犠牲よ。犠牲が必要なの。泰明さん、こんな心配を、ずっと続けていくつもり? あのお堂に、拝みに行っているうちはいいかもしれない。でも、お堂が取り壊されたら? どうするのよ。ねえ、葉子ちゃん」

えっ?
何、今の言い方は?
「わかっているのよ。さっきから立ち聞きしていたのは」
ゆっくりと、扉が開いた。

「泰明さん、葉子ちゃんを押さえて」
「い……」
痛い!!
腕を掴まれ、私は身をよじった。
「泰明さん、葉子ちゃんの首を絞めて」
「…………」
泰明さんは、戸惑っているようだった。

「和子おばさん、やめましょうよ。
お祓いをしてもらえばいいじゃないですか」
「それじゃ駄目なのよ。もう何人も祈祷師を呼んでいるんだから。
このままじゃ、絶対駄目なのよ!」
和子おばさんの目は、何かに取り憑かれているようだった。

「泰明さん、私、おつげを聞いたの。夢枕に赤い靴の子が現れたのよ。一族の誰かを犠牲にしろって。このままでは浮かばれないって……」

「いっていることがメチャクチャですよ! 和子おばさん、赤い靴の女の子が、石段から落ちた時に死んでいたとしたら、まだ三才ですよ? その子のいうことを、まともに受けとっちゃ駄目ですよ!」
「離して!! 泰明さん!」

あっ……!
和子おばさんの足元が、なんだか赤く見える。
一体どうして……。
鈍器のようなもので殴られ、目の前が真っ暗になった。
続いて浮遊感に襲われる。
お堂の中でお札を釘で打たれた自分の姿が、一瞬見えた気がした……。


すべては闇の中に…
              終