晦−つきこもり
>六話目(前田和子)
>E6

まあ、ねえ。
君があの子をつき落とすのを見ていたよ、なんていわれて殺人犯にされたら……。
確かに怖いわよね。
そんなことがあったら、運命が変わって、葉子ちゃんは生まれてないかもね。

まあ、実際そんなことはなかったのよね。
当然っていえば当然だけど、赤い靴の女の子は、いなくなっていたんだって。
あの時は、気を失っていただけだったのか。
それとも死んでしまったのか。
わからなかったって。

ただね、石段には、薄汚れた赤い靴が一足、ぽつんと落ちていたんだって……。
おばあちゃんの話はここまでよ。
私がこれを聞いたのは、結婚してからなの。

良夫と七五三のお参りをした日の夜に、おばあちゃんがぽつりぽつりと話してくれたのよ。
もし、生まれた子供が女の子だったら、どうしようかと思っていたって。
七五三の日に、又あの赤い靴の子が現れるような気がしていたからだって。

願かけのお堂は、今もまだ残っているの。
今でも石段を上り下りする人を、まれに見かけるわよ。

……それでね、葉子ちゃん。
私、この話を聞いた後で、こっそりお堂に忍び込んだのよ。
小さなお堂の中には、願いごとを書いたお札がびっしり下がっていたわ。
何だか怖かったわよ。

人って、何を考えているのかわからないじゃないの。
お札はそれを物語るかのように、いろんな願いごとを身に刻んで揺れていたの。
手のひらにのるような、小さな四角い木の札が、どす黒く変色していたわね。

私ね、怖かったんだけど、それらを一つ一つ覗いてみたの。
そうしたら……こんなことを書いたお札があったのよ。
『おかあさんをかえして』

……私、直感したわ。
これは、赤い靴の子が書いたお札だって。
おばあちゃんが買ったお札で、二人が願かけをした時、書いたものに違いないってね。

まあ、本当にタイミングが悪かったわけよね。
おばあちゃんが手作りのお札を落としてから、すぐにその子のお母さんが死んでしまったってことだから。

私はねえ……これは偶然だと思うけど。
だって、その子のお母さんって、もともと病気だったわけでしょ。
仕方なかったんじゃないかしら。

それから私、おばあちゃんが書いたお札も探したのよ。
でも、どれがそうなのかわからなかったの。
おばあちゃんは、一体どんな願かけをしていたのかしらねえ。

それでね、葉子ちゃん。
ここからが肝心なんだけど。
おばあちゃんは、赤い靴の子のことをずいぶん気にしていてね。
自分の血を引く女の子に、七五三で特別なお参りをさせていたのよ。

……ね、泰明さん。
泰明さんのお母さんや妹さんは、三才の時、あのお参りをしているのよね。

あのね、葉子ちゃん。
あなたも、本当ならそのお参りをするべきだったのよ。
だけど、あなた達の家族は、この話を信じなかったみたいでね。

葉子ちゃんに、特別なお参りはさせなかったのよ。
都会に住んでいる人って、そういうものなのかしら。
こういう話は、本気で聞かないのかしらね。

でも、葉子ちゃんはどう?
今からでも、そのお参りがしたいって思う?
1.したい
2.したくない