晦−つきこもり
>六話目(前田和子)
>F7

「ええっ、葉子ちゃん、どうしたんだい、いきなり」
泰明さんが、大きな声をあげた。
「あのねえ、葉子ちゃん。これは真面目な話なのよ」
和子おばさんは、口をとがらせた。

うわあっ、どうしよう。
話の途中なのに、別のことを考えていたからなあ。
ちゃかしたことになるのかしら。

「あの、すみません、私……」
「いいのよ、続きを話すわ」
和子おばさんは、少しでも話を脱線させたくないとでもいうように、続きを語り始めた。
……おばあちゃんが、神社への石段を覗いてみたらね。
そこには、何もなかったんだって。
赤い靴の女の子もいなかったって。

それでね、おばあちゃんは、石段を上ってみることにしたの。
お堂の方も覗いてみようと思ってね。
下を向いて石段を見ながら、一歩一歩ふみしめるように上がっていったんだって。

そうして、石段を上りきったころ。
いきなり、何かに突き飛ばされたんだってよ。
バランスを崩して落ちちゃったんだけど、必死で石段に掴まってね、石段の中ほどで止まったらしいの。

急いで周りを見回したけど、そこには誰もいなかったんだって。
もちろん、石段を上っている時も、周りには誰もいなかったらしいわ……。
おばあちゃんはね、それからあの石段には、二度と近付かないことにしたんだって。

あと、親に赤い靴の子のことを話したらしいんだけど。
近所の噂で、赤い靴の子が石段で倒れていたなんて話はなかったって。
女の子は大丈夫だったんじゃないの、なんていわれたみたいよ。
まあ、念のためお祓いはしたそうだけど。

葉子ちゃんも気を付けてね。
私の話、大切なことだっていったでしょ。
家に帰る時は、石段の方に行っちゃ駄目よ。
赤い靴の子が死んでいなくても、何かいわくがありそうな場所だからね。

……さてと。
私の話はこれで終わりよ。
それにしても、葉子ちゃん。
あそこで、いきなりあんなことをいわれるとは思わなかったわ。
みんな、怖い話よりそっちの方が気になってしまったんじゃない?

「えっ、そのう……」
私は、下を向いた。
やだ、どうしよう。
泰明さんの方が見れないよ。

「和子おばさん、さっきのは冗談でしょう。普通、愛の告白ってあんなふうにはしませんよ、ね、葉子ちゃん」
あっ、泰明さん、フォローしてくれた。
でも、本当のフォローになってないわ。

普通、愛の告白ってあんなふうにはしませんって?
うわあん、大ショック。
「葉子ネエって、ほんっとバカだな。あんなギャグ、ウケるわけないじゃん」
良夫があごをしゃくっている。

「うるさいなあ、ほっといてよ」
「俺も葉子ネエを愛する自分が怖いぜ」
「良夫! いいかげんにしてよお!」
良夫は、やーいといいながら、部屋を出ていった。

「まったく、あの子ったら」
和子おばさんが、ため息をつく。
「あら、元気があっていいですわよ」
正美おばさんが笑う。

なごやかな雰囲気の中、突然悲鳴が聞こえた。
「良夫!?」
和子おばさんが、すぐさま立ち上がった。
今のは良夫の声?
みんな、急いで声の先を追った。

「ああっ!!」
良夫が、階段から落ちてぐったりしていた。
首や手足が、不自然に曲がっている。
やだ、まさか……!
「どいてください!!」
正美おばさんが走りよる。

「……首の骨が折れてますわ。これではもう……」
「良夫!!」
和子おばさんが駆け寄り、良夫を抱きかかえた。
「良夫!! 良夫!!」
何度も揺らす。
良夫は、目を見開いたまま手足をだらりとさせていた。
瞳孔が完全に開いている。

「うわあああっ!!」
和子おばさんは、良夫を堅く抱きしめて泣き始めた。
まさか、こんなことになるなんて……。

「葉子ちゃんがあんなことをいわなければ……」
えっ?
和子おばさ……。
空気が凍りついた。
そのまま、誰も、何もいえない。
和子おばさんは静かに立ち上がった。
その瞬間、瞳に怪しげな光が宿る。

何だろう。
背筋が冷たくなる。
……そうか。
ああ、こういうことなんだわ。
おばあちゃんが、石段から女の子をつき落としてしまったこと。
こんな気分だったに違いないわ。

私は、話の途中でちゃかしてしまったけど……。
和子おばさんは、私に向かってまっすぐに歩いてきた。
どうしよう。
目があわせられない。
「次は葉子ちゃんの番ね」
…………!?

か、和子おばさん……?
その言葉が何を意味するのかわからないまま、私はその場に立ちつくした……。


すべては闇の中に…
              終