晦−つきこもり
>六話目(鈴木由香里)
>Z7

「そんな遊び知らないわ……」
だって、私、キャラクターグッズのカエルは平気だけど、本物のカエルなんて触れないもの……。
イボガエルって、触るとイボが移るんでしょう?
想像しただけで気持ち悪くなっちゃう。

……あれ? じゃあ、さっき『イボガエルの間』って聞いた時に、ステキ……なんて思ったのかしら?
私、どこかおかしいのかも……。

「なーんだ、そうなの? 安心したよ。……と、葉子には安心したけど、ここにはもっとカエル好きなのが、二人もいるんだったね。
良夫と哲ニイ、二人ともよーく聞いておいてよ!」

カエル……。
特に、ヒキガエルやイボガエルっていうのは、独特な魔力を持っているの。
……だから、占いなんかに使われるようになったんだと思うんだけどさぁ。

ヒキガエルやイボガエルは、人間や動物の精気を吸い取ったり、魔力で引き寄せて食べちゃったりするんだから。
それに、毒だって持ってるし……。
魔女の大鍋で煮込まれるアイテムに、ヒキガエルは欠かせないでしょ。
絵本で見たことない?

葉子も気を付けなよ。
軽い気持ちでやってた占いだって、魔女の黒魔術と同じ意味を持つんだからね。
魔女は……、捕まったら火あぶりだよ。
本当にこのホテルのオーナーは、何を思ってこんな名前にしたんだか……。

それとも、呪術的な意味合いを込めてのことなのか……。

でもね、こんな奇妙な名前でも、さすが最高級ホテルっていうのかなぁ。
その豪華なことったら!
ドーム型天井の広々した空間。
きらめくシャンデリアの数々。
壁を飾っているのは、各地のオークションを賑わせてる巨匠の絵画ばかり。

窓には、オペラ座の舞台幕のようなカーテンがひかれてたっけ。
近代的でスマートなホテルの外観とはうってかわって、まさにヨーロッパの古城って雰囲気だったんだ。
そうそう、その日の私は『新婦のF女子学院時代の友人』って設定だった。

なんでも、新郎の風間家っていうのがすっごい大金持ちだとかで、中流家庭に生まれ育った新婦側としては、精一杯見栄を張ってたんだって。
まぁ、こんな豪華なホールを借り切っちゃうことから考えても、かなり裕福な資産家って感じじゃん。

せめて肩書きだけでも……って、見栄を張りたくなる気持ちもわかるよね。
おっと、話を続けるよ。
ホールの入り口には受付があってさぁ、仮面を着けた男の人が立ってたんだ。
ううん、本当は女の人だったのかもしれない。

顔は仮面に隠れてたし、声を聞いたわけじゃなかったしね。
その人は、私の持っていた招待状を確認すると、目の周りだけを覆う仮面を差し出したのよ。
これを着けて入れってこと……?
あ、そうか!
仮面舞踏会なんだって、すぐにピンときた。

そして、私は仮面を着けて『イボガエルの間』へ入っていったんだ。
ホールの様子は、さっき話した通り非常に贅沢なものだった。
まだ、そんなに人が集まってなくってさ、どこか閑散とした空気が流れてたな。
そんなに早く来たつもりはなかったんだけど……。

どうやら、来ていないのは新郎側の招待客ばっかりだったみたい。
会場の七割を占める親族席が空っぽだったからね。
お金持ちって、みんなのんびりしてんのかなぁ……?

……なーんてことを考えながら自分の席に着くとさぁ、いきなり会場の照明が暗くなったんだ。
そして、
「ただいまより、風間家、橋本家、両家の結婚披露宴を執り行いたいと思います」
なんてアナウンスが流れてくるじゃん。

えっ? って思うよね。
だって、会場内はガラガラだったんだもん。
ところがさ、アナウンスが終わって仮面を着けた司会者らしい人物が、ホール前方のステージに現れると同時に、どっと拍手が沸き起こったんだよ。
いったいどこから……? って、慌てて辺りを見回すとさぁ。

ついさっきまでは空席だったテーブルに、ちゃんと人の姿があるんだって。
薄暗がりの中だったけど、仮面を着けた大勢の人の存在が確認できた。
あんなに大勢、いつのまに現れたんだか……。

その大勢の拍手の鳴り響く中、ドライアイスのスモークと輝くバックライトを浴びて、新郎新婦が入場して来たんだ。
ステージ中央がせりあがって現れるっていう、お芝居みたいな登場シーンだったなぁ。
SF映画で宇宙人が登場するシーンみたいなさぁ。

それも、今流行のSFXビシバシっていうんじゃなくって……。
私さぁ、不謹慎かもしんないけど、子供向けの特撮番組を連想してたよ。
新郎新婦は、たちこめるスモークにくっきりとそのシルエットを浮かべながら、タラップを下りてくる宇宙人みたいだった。

その二人が席に着くと同時に、会場内が明るくなる。
いざ、照明の下で見た会場の様子は、なかなか壮観だったよ。
ただ広いだけで閑散としてた室内なのに、どのテーブルも仮面を着けた男女で満席。
登場の時は逆光でよく見えなかった新郎新婦の顔にも、ちゃんとおそろいの仮面……。

なんだか、中世のヨーロッパにタイムスリップしたような感覚だったなぁ。
どう、葉子?
これだけでも充分、変わった披露宴でしょ?
1.そうだね
2.そうかなぁ……?