晦−つきこもり
>六話目(藤村正美)
>B5

うふふ、そうでしょうね。
葉子ちゃんなら、絶対にそういうと、わかっていましたわ。
緒田さんも、もちろん、こういったのですわ。
「うっさいねえ! アタシ眠いんだから、放っといてよっ!」
ザワリと、空気がゆらめきました。

とても危険な、張りつめた雰囲気が、彼女を包んだのですわ。
服から出ている素肌の部分が、ピリピリとしびれる感じ。
「なに、これっ!?」
緒田さんは驚いて、飛び起きようとしました。

けれど、一瞬早く、ベッドの下から出た腕に抱きすくめられ、身動き取れなくなってしまったのです。
白くて、関節のないようなノメッとした腕が、十本も二十本も出てきては、彼女をベッドに押しつけます。

「やだっ! た、助け……」
悲鳴をあげかけた彼女の口を、一本の腕がふさぎました。
「タスケテ……タスケテ……」
ささやくような声が、そこかしこから聞こえます。
……そう、それは白い腕から聞こえていたのですわ。

緒田さんは、悲鳴もあげられないまま、無数の腕に埋め尽くされてしまったのです。
そして、ゴキゴキッと、くぐもった音が続きました。
次の日、様子を見に来た佐原さんが発見したのは、口から血を吐いて死んでいる、緒田さんの姿でしたわ。

体中の骨という骨が、みんな複雑骨折していたそうです。
折れた骨で内臓を傷つけたのが、直接の死因だろうということでしたわ。
こうして、またしても『死を招くベッド』のジンクスは、成立してしまったのです。
おばさんは、そういって話を締めくくった。

「それじゃあさあ、そのベッドって何だったわけ?」
良夫が尋ねた。
「正確なところは、わかりませんわ。でも、場所が場所ですからね。
亡くなった方たちの、想いが残っていたのかもしれませんわ」

「うーん、そうかもしれないけどね」
和子おばさんが、口をはさんできた。

「昔、このあたりでは、細々と真綿を作っていたのよ。それで貧しい家の娘を、働き手として雇ったりしたらしいの。でも、雇い主の中には、鬼みたいな根性のヤツもいて、泣かされた娘も多かったんだって」

「何いい出すんだよ、母ちゃん。
全然、関係ないじゃん」
「うるさい、良夫。とにかく、娘たちの涙がしみた真綿には、恨みがこもっていて夜な夜な泣き声を出す……って話があるんだよ。正美ちゃんの病院で使ってるシーツは、真綿じゃないの」

「え……、コットンのはずですけれど」
正美おばさんは、納得行かないような顔をしている。
私も、ちょっと不思議。
だって、それじゃあ『死を招くベッド』だけ、何かが起こる理由がわからないもの。
それに、コットンと真綿って、同じ物だったかしら?

結局、はっきりしないまま、解散になった。
もう少し、泰明さんと一緒にいたかったけど。
あてがわれている部屋に戻ると、もう布団が敷いてあった。
お父さんもお母さんも、まだ話し込んでいるのかしら。
私は、そんなことを考えながら、布団に潜り込んだ。

……どのくらい経ったのだろう。
私は、誰かの声を聞いた気がして、ふと目を覚ました。
ボソボソと、ささやきかけるような声……気のせいかしら、でも……。
突然、目の前にぬうっと現れた白い腕が、私の首に伸びてきた!

「きゃああーーーーっ!!」
私は悲鳴をあげて、両手を振り回した。
シュルシュルと音をさせて、シーツから抜け出した無数の腕が、私を押さえつける。
「……ケテ……タス……ケテ……」
このまま殺されちゃうの!?

「いやあ! 誰か……っ」
叫びかけた口が、白い手にふさがれた。
生臭いにおいがして、息が詰まる。
「タスケテ……タスケテ……」
振り回した手も、冷たい腕に押さえつけられている。
もう駄目なの……?

「葉子ちゃんっ!」
聞き慣れた声が、耳に飛び込んできた。
それから、ドンッドンッと、何か重い物をたたきつけるような音と。
手首が、強い力で引っ張られる。

「こっちだ!」
白い腕の海から抜け出した私は、自分を救ってくれた恩人を、涙目で見上げた。
……泰明さん!!
泰明さんは、私をじっと見つめている。
「無事かい、
葉子ちゃん!?」
ああ……まるで王子様みたい。

私は何度も何度もうなずいた。
「よし。もういい、哲夫! 逃げるぞ!」
泰明さんは、うねる白い手を殴りつけている哲夫おじさんに、声をかけた。
「はいっ、泰明兄さん!」
哲夫おじさんは、私たちに続いて部屋から飛び出した。

……それから後のことは、よく覚えていない。
次の日早々に、私たちは帰ってしまったから。
泰明さんに、ゆっくりお礼がいえなかったのが残念だわ。
また、改めて電話でもしようっと。

……それにしても、あの布団、いじめられた娘さんの綿で、作られた物だったのかしら。
和子おばさんがいってたことは、本当だったのかもしれない。
そんなある日、私に手紙が届いた。
差出人は…………正美おばさん。

「ベッドの中綿でした」
それだけ書いてある。
たぶんこれは、例のベッドの中綿には、あの地方の真綿を使っていた……という意味だと思う。
きっと、おばさんも気にしていたんだわ。
どうやって調べたかなんて、どうでもいいけど……。

二度と、本家や正美おばさんの病院になんて、行くものですか。
私は、固く心に決めた。


すべては闇の中に…
              終