晦−つきこもり
>六話目(藤村正美)
>L5

そうですか。
でも、いくら子供好きでも、正体のわからない子を抱き上げるのは、勇気がいりますわよね。
石井さんも怖かったのですわ。
「嫌だ。近寄るな、バケモノ!」
そういって、女の子を突き飛ばしたのです。

「きゃあっ!」
女の子は吹っ飛んで、壁にぶつかりました。
ゴツッ……という、固い物同士があたる嫌な音がしましたわ。
そして、彼女はぐったりとして、床にくずれてしまったのです。
石井さんの胸に、不安がよぎりました。

さっきの爪のことが、もしも見間違いだったとしたら、どうしよう?
本当に、少女を殺してしまったんじゃないかと、思ったんですわ。
「おい……おい、生きてる?」
のぞき込んだ瞬間、少女の目がくわっと開きました。

ブツッという音がして、三つ編みが解け、ウェーブのかかった髪が床に広がります。
そしてその髪の毛に混じって、何本もの触手が見えたのです。
いいえ、触手よりは、昆虫の足に近かったかもしれません。
それらはワサワサと動いて、彼女の頭を支えて、持ち上げたのですから。

彼女の頭は体から離れて、床に立っていたのです。
その姿はまるで、大きなクモのように見えました。
「ダッコシテ……」
しゃがれた声でつぶやいた首グモは、素早く石井さんに飛びつきました。

「ぎゃああーーーーっ!!」
…………次の日、変わり果てた姿の石井さんが、発見されましたわ。
いいえ、おそらく石井さんだろうと思われる遺体が……ですわね。
どういうことかって?

見つかった遺体には、肉がほとんど残っていなかったのですわ。
呪われたベッドの傍らで、骨を無残に露出させて、倒れていたのです。
こうして、『死を招くベッド』のジンクスは、立証されてしまったというわけですの。

そこまで話して、おばさんはふと黙り込んだ。
うつむいて、黙ったまま、結わえた髪をほどいている。
「おば……さん?」
なぜだか、問いかける声がかすれた。
肩にかかった髪の間から、一瞬見えたのは……あれは、木の枝?

ううん、枝っていうより、もっと節くれだって、細かい毛の生えたものみたい。
まるで昆虫の足みたいな。

だけど、髪の毛の間から、そんなものが見えるはずがないわ。
それじゃあ、まるで、さっきの話の……。
私の考えを見抜いたように、おばさんの笑みが大きく広がった。

「あら、葉子ちゃん。何か見えたのかしら?」
いつも穏やかな瞳に、油のようにぬめる光が宿った。
そして、突然巻き起こった風に、正美おばさんの髪がぶわっと舞い上がる。
それは、まるで謎めいた生き物のように、美しくも恐ろしい姿に見えた……。


       (七話目に続く)