晦−つきこもり
>六話目(前田良夫)
>R5

その女子も、そうしたんだよ。
普通の女なら、悲鳴あげて逃げ出すとこなんだろうけど。
偶然、昼ごはん用に、弁当と水筒を持ってきてたからさ。
水筒を開けて、中身を塚の上から振りまいたんだ。
ばしゃばしゃ音をたてて、塚の表面が濡れてく。
水筒が空になった頃。

バサッと、後ろで大きな音がした。
振り向くと、黒い腐葉土を押しのけて、たくさんの骸骨が出てきてるじゃないか!
灰色の骨に、湿った土がこびりついてる。
うめき声をあげながら、こっちに向かって来るんだ。

「イヤーーーーッ!」
そいつ、ビックリして腰抜かしちゃってさ。
塚にしがみついて、ぶるぶる震えてた。
骸骨は、まっすぐそいつに向かってく。
ひからびて欠けた指が、震えてる長い髪をつかんだ。

そのまま、引き寄せようとするんだ。
「キャアアーーーーッ!!」
悲鳴があがった瞬間、辺りが激しい光に包まれたんだ!
「ウオオオ……!」
ケモノみたいな声とともに、骸骨たちが崩れてく。
ボロボロと、土に還るみたいに。

体をなくしたシャレコウベが、ゴロゴロと地面に転がった。
その女子はポカンとして、しがみついてる塚を見つめたんだ。
まぶしいほどの光を発してるのは、その塚だったからさ。

そいつの頭の中に、またさっきの声が聞こえた。
「おまえは水をくれた。だから、助けてやるのだ……」
「あ、あなたは誰ですか?」
「ヒトは、私をモノノケ様と呼ぶ……」
そいつ、今度こそホントに、ひっくり返るくらい驚いた。

化け物の仲間のモノノケ様が、なんで骸骨を追い払ってくれるんだ!?
「さっきの骸骨どもは、私が食った者ども。いまだ成仏しないとは、よほど私が憎いのか、この世に未練があるのか……」
モノノケ様の、冷静な声が響いたんだ。
でも、待てよ?

やっぱ、モノノケ様って人食ってたんじゃん。
「おまえは私を力づけてくれた。
私の花嫁として、迎えよう……」
ボウッと、塚の横に男が現れた。
平安時代みたいな、変な着物着てたって。

ゆらゆらと、かげろうみたいに揺れてて、近くにいるのに、顔がハッキリ見えないんだ。

この男が、モノノケ様なのか?
「さあ、こっちに来い……」
そいつは、夢遊病みたいにフラーッと、モノノケ様の前に行った。

モノノケ様は尖った長い爪で、その女子のおさげをつまみ上げた。
そうしたら、力を込めたようには見えなかったのに、プツッと髪の毛が切れちゃったんだよ。
おさげを握りしめたモノノケ様の姿が、ゆっくり消え始めた。

「おまえの髪を、約束の品としてもらい受ける。私が迎えに行くときまで、その髪を伸ばしてはならぬぞ……」
その声が響いたときには、もうモノノケ様の姿は、なくなってたんだ。
……その女子は、森の中で倒れてるとこを発見されたよ。

だけど、なんで自分の髪が短く切られてるのか、全然思い出せなかったんだって。
それで……。
「やめなさい、良夫!」
突然、和子おばさんが叫んだ。
真剣な顔で、良夫をにらみつけている。

「いくらなんでも、悪趣味じゃない。それ以上話すと、承知しないよ!」
良夫は何も答えない。
それにしても、おばさんは、何を怒ってるのかしら。

「おばさん、そんなに怒らなくても……」
いいかけた私を、和子おばさんは、信じられないという顔で見つめた。
「葉子ちゃん……あんた、
それでいいの?」
…………え?
どういうことかしら。

おばさんの顔が、青ざめて見える。
「まさか、覚えていないの? 良夫の話の、記憶をなくした女の子が、誰のことだか……」
不安が、ザワリと胸の奥でざわめく。
何かしら、この嫌な感じ。
良夫がニッと笑ってる。

「葉子ネエ、自分がなんで、
ショートカットにしてるのか……考えたことないの?」
私の髪?
私がなんで……そんな、だって……。
混乱して、考えがまとまらない。

良夫がふらりと立ち上がった。
「冷たいよなあ、葉子ネエ。森のことも覚えてないなんてさ……」
そういう声は、いつもの良夫じゃない。
見慣れた顔に、まるで二重映しみたいに、知らない顔がだぶって見える。

ボンヤリとしているけど、あの顔は……。
「待ってたんだよ……行こう」
ああ……そうだったのね。
私の側にいるために、良夫の姿で、ずっと待っていてくれたんだわ。
胸の中が、暖かいもので満たされる。

誰かの悲鳴のような声が聞こえる。
でも……もう、どうでもいいの。
私には、彼がいればいい。
どこへだって行くわ。
良夫……いいえ、彼が手を差し伸べてくる。
私は、そのカギ爪の生えた、節くれだった手を握りしめた。


すべては闇の中に…
              終