晦−つきこもり
>六話目(前田良夫)
>T3

うん、そうなんだよね。
俺の友達が、わざわざ見に行ったんだよ。
桐生っていって、お調子者だけどいいヤツなんだ。
バカだけどな。

それで、公民館なんて、夜になると閉まっちゃうじゃん。
夕方忍び込んで、暗くなるのを待ったんだよ。
それから、噂の踊り場まで行ったんだ。
ところがさ、意外なことに先客がいたんだ。
髪の長い、二十歳くらいの女の人だったって。

桐生は、階段の下から見上げてたんだけどさ。
その人は、じっと壁を見つめてた。
なんか悪いことしてるような気になって、桐生は後ずさりしようとしたんだよ。
そしたら、女の人が振り向いた。

思わず動きを止めた桐生を、食い入るような目で見つめたんだってよ。
明かりが消えて、窓からの光しかないのに、その目がすごくきれいなことは、わかったっていうんだ。
だから、思わず見つめかえしちゃったんだって。

無表情だった女の人の口元が、にっこりと微笑んだ。
桐生が、笑いかえそうかなと思ったとき。
大きな瞳が、グルンとでんぐり返って白目になった。
ビビった桐生に向かって、女は両手を広げた。
白目をむいたまま、階段を飛び降りたんだ!

ゴオッて風がうなるようなスピードだった。
飛び降りたっていうより、空気を駆け下りたっていう感じの。
気がついたら、桐生の目の前に女の顔があった。
十センチくらいしか、離れてなかったんだって。
ビックリして、息が止まったっていってたな。

次の瞬間、女の顔が、ブツブツとふくれて泡立った。
お湯がフットウしたみたいな感じだったってさ。
葉子ネエ、想像してみろよ。
自分の鼻先十センチのとこで、女の顔がボコボコに変形してくんだぜ。

桐生、気絶したっていったもんなあ。
無理ないよなあ。
朝になって、ブッ倒れてるとこを、職員の人に見つかったんだって。
女の姿は、もちろんなかった。
すっごく怒られたっていってたよ。

でも、そんなに厳しくしなくてもいい……と思わない?
1.そうよね
2.とんでもない