晦−つきこもり
>七話目(山崎哲夫)
>A6

「正美おばさん、私にも……」
……私がそういいかけた時。
「あら、ごめんなさいね。もう由香里さんの血……、一滴も残ってなかったわ」
正美おばさんは、意地悪な笑みを浮かべてそういったの。
そんな……!!
私は、喉がカラカラでしょうがないのよ!

おとなしく水を飲んで我慢しようと思ってた私に、血の味を思い出させたのは正美おばさんじゃない。
なのに……、なのに……。
この喉の渇きを、どうしてくれるの!?

「せめて、血の味の感想だけでもお伝えしましょうか? そうねえ、私の口にはB型の血って、あまり合わないんですの。そうはいっても、最近は何かと危険な病気が多いでしょう。見ず知らずの他人の血なんて、物騒で飲めませんものね。かといって、病院の輸血用血液は、冷凍食品のようで味気ないし……」

正美おばさんの淡々とした口調の中には、明らかに私を挑発する響きがある。
私は、込み上げてくる熱い何かを必死に押さえてたわ。
「由香里姉さんの血は、とてもおいしかった……。そういいたいんでしょう?」

「あら、さすが葉子ちゃんですわね。そのとおり、とてもおいしくいただきましたわ。うふふ、おいしい血っていうのは、血液型よりも、その人の健康状態に大きく左右されますもの。由香里さんは若く健康で活動的、それになんといっても煙草を吸わない人でしたから…………」

そういって正美おばさんは、口許に残っていた赤い血をぺろりと舌で舐めたの。
その舌の動きを見た瞬間、私の頭の奥で何かがプツッと切れる音がしたわ……。

「許せない……」
「えっ……?」
「月夜の私を怒らせたわね。ねぇ、正美おばさん……。私の目、光ってるでしょう? 月のせいじゃないのよ。わかる?」
正美おばさんは、信じられないって顔で私を見てる。
私が近付くにつれて、その目が大きく見開かれて……。

そのまま動かなくなった…………。
「ふぅ、A型の血って苦くって嫌いなんだけどな……」
私は、口の端についた、まだ暖かい正美おばさんの血を腕でぬぐいながら、誰にいうともなく呟いた。
正美おばさんが悪いのよ。

本物の吸血鬼でもないくせに、血を飲んだりするから……。
一瞬、仲間かと思ったのに……残念だわ。
……さ、他の人が起きる前にお母さんを起こさなきゃ。
せっかくの新鮮な血だもの。
独り占めしたら怒られちゃう。
お父さんお母さんは大切にしなきゃ!


      (ノーマルエンド)