晦−つきこもり
>七話目(山崎哲夫)
>D7

「い、今、外に人影が見えたの!」
私は、適当な嘘をついたの。
「きっと泥棒よ! とっても凶悪そうな顔してたもの。それに、それに……」

「そういえば……、強盗だか殺人犯だかが、この付近の山に逃げ込んだってニュースでいってたよね……」
あっ、由香里姉さんたらいいこというじゃない。
「きっと、その犯人よ! 間違いないわ!」
……これで、大丈夫。

良夫に笑われなくてすむわ……。
……と、思ったのも束の間。
「それって、連続強盗殺人犯の梨竹史隆のニュースかい? あいつなら、とっくに逮捕されたぞ。
さっき、報道部の奴から連絡があったばかりなんだ」
……ええっ!?
そ、そんな……。

「葉子ちゃん、羊飼いの少年の話を知っていますか? 嘘をつくとどうなるのか……」
……はい、わかってます。

みんなは呆れた顔してた。
「いつまでたっても、子供なんだから! くだらないこといってないで早く寝なよ」
とどめは、由香里姉さんのきつーいセリフ。
「はーーーい、水を飲んだらすぐ寝ます……」
私はおとなしく返事をして、とぼとぼと台所へ向かったの。

台所は目と鼻の先……。
ほら、もう着いた。
ここの水って、冷たくって本当においしいのよね。
名水ベスト何とかに選ばれたんだぞ! って良夫が自慢してたっけ……。
自分のことのように得意げだったけど……。
でも、わかる気もするなぁ。

本当に綺麗な水だもの。
冷たいし、おいしいし。
澄んだ透明でガラスのコップに入れると、まるで鏡みたい……。
今だって、私の顔が映ってるわ。

その私の顔の後ろにもう一人……?
振り向いた私の目に映ったのは、ギラリと光る出刃包丁……。
次の瞬間には、その刃が私の首筋を切り裂いていた。
熱い……。
そう感じたわ。
いったい、この人は誰なの?
何でこんなことに……?

かすんでいく私の目に映ったのは、全然見たこともない男の顔。
でも、すぐに視界が赤く染まって……。
私の身体は、その場に崩れるように倒れた…………。

男は、葉子が息をしていないのを確かめると、葉子のパジャマの裾で凶器に付着した血をぬぐった。

「悪く思うなよ。ノコノコこんな夜中に起き出してきた、お前さんが悪いんだからな。この月夜じゃ、警察を撒くのに苦労するからな。明け方まで身を潜めるのに、いい隠れ家を見つけたと思ったのによ……」
葉子は知らなかった……。

連続殺人犯が、一度は逮捕されたものの、警察のスキをついて再び逃走していたということを……。
「仕方ねえ、また山にでも逃げるか……」
男は、吐き捨てるようにそういうと、外へ飛び出していった。

男の去った後には、月の光が葉子の死体を冷たく照らしているだけであった……。


すべては闇の中に…
              終