晦−つきこもり
>七話目(山崎哲夫)
>E6

…………………………。
おとなしく水を飲んで部屋に戻ろうっと。

台所は目と鼻の先……。
ほら、もう着いた。
ここの水って、冷たくって本当においしいのよね。
名水ベスト何とかに選ばれたんだぞ! って良夫が自慢してたっけ……。
自分のことのように得意げだったけど……。
でも、わかる気もするなぁ。

本当に綺麗な水だもの。
冷たいし、おいしいし。
澄んだ透明でガラスのコップに入れると、まるで鏡みたい……。
今だって、私の顔が映ってるわ。

……ま、そんなことは置いといて。
水も飲んだし、早く部屋に帰って寝ようっと。
私が台所を出ようとした時……。
ふと、部屋の隅に人がうずくまってるのに気付いたの。

「う……、うーん……」
その人は頭を抱えるようにして、苦しげなうめき声を上げてるわ。
やだ、誰か酔っ払ってるわ。
……もしかして、お父さん…………?
……………………じゃないよね。

なんだか気になるから、そっと、その人に近寄ったの。
……うん、お父さんじゃない。
……と、すると誰かしら?
顔も覚えていない親戚の人って、けっこう多いからなぁ……。
「あの、大丈夫ですか……?」
私が、そう声をかけた時……。
「動くな! 警察の者だ!!」
って声がしたの。

台所の勝手口に、黒い手帳を持った男の人が立っていたわ。
「梨竹史隆! 強盗、殺人容疑、および住居不法侵入の現行犯で逮捕する!」
刑事さんは、私の横でうずくまってる人につかつかと歩み寄ると、その両腕にガチャリと手錠を掛けたの。

そのまま、犯人は外で待機してた警官の元へ……。
やけに簡単で、あっさりしてたわ。
ちっとも怖くはなかった。
ドラマだと、ここでアクションが入るのに。
あ、でも、この犯人って人、具合悪いみたいだったから……。

そんなことを考える余裕まであったもの。
それにしても、あの刑事さん……。
どこかで会ったことがあるような気がする。
なんだか懐かしい顔と声……。
あっ、この人って…………!!

「和弘おじさん!?」
「やあ、久しぶりなのによくわかったね。君は……葉子ちゃんだ。そうだろ?」
びっくりしちゃった。
和弘おじさんたら、法事に『来なかった』じゃなくて、仕事で『来れなかった』のね。
それにしても、本当に何年振りかしら?

まさか刑事になってるなんて……。
「いやぁ、葉子ちゃん。協力感謝するよ」
「えっ?」

「今、逮捕した奴さ、さんざん警察の包囲網をかいくぐって逃亡してた奴なんだ。そんな奴が、こんなにあっさり捕まるなんておかしいと思ったら、あいつ、耳鳴りがして動けなかったんだ」
…………ちょっと待って、それって?

「さっき、葉子ちゃんが大声で叫んだだろ? どうやら、その声で耳が痛くなって動けなくなったのさ。すごい声だったもんな。裏山に張り込んでた俺たちにまで、聞こえたんだから……」
……そ、そうなの?
ちょっと、恥ずかしいな……。

「じゃ、俺は、まだ雑務が残ってるから……。また日をあらためて来るよ」
そういって、和弘おじさんは行ってしまったわ。
でも、そんなに大きな声だったのに、誰も起きてこないなんて……。
みんないったい、どういう耳してるのかしら?

それとも…………。
捕まった犯人みたいに、動けないでいるの……?
真相を確かめるのが怖い……。
ま、明日の朝になればみんなも忘れてるよね。
早く部屋に戻って寝ようっと。
おやすみなさい…………。


      (ノーマルエンド)