晦−つきこもり
>七話目(前田良夫)
>A1

どうしてこうなっちゃったの?
みんな、さっきから私の後ろをじっと見つめたまま。
表情を硬く強ばらせて、いったい何にそんなに脅えてるの?
私は怖くて振り返れないけど……。
みんなの目に、何が映ってるっていうのかしら?

良夫が七不思議なんて話すから、恐ろしいものでも現れたっていうの?
それとも…………。
なんだか嫌な予感がする。
「あ……」
ふいに声をもらしたのは、正美おばさんだったわ。
それが合図だったのか、みんながさっと身構えたの。

何……!?
そう思った瞬間……!!
ボーーーーン。
私の後ろの壁に掛かってた柱時計が、一回だけ鳴ったわ。
「きゃっ!」
私は驚いて、隣にいた良夫の腕を握りしめちゃってた。

すると、それまでは瞬き一つせず、真剣な面持ちで息を押し殺してたみんなが、いっせいに噴き出したの。
「見たかよ、葉子ネエの
情けない顔!」
ムッ、うるさいなぁ。
しんと静まった室内に、突然大きな音が響いたんだもの仕方ないでしょ!

だいたい、みんなひどいわ。
私一人だけ仲間外れにして!
「葉子ちゃん、怒ってるのかい?」
……うん、とっても。

「やーね。こんなことぐらいで、いちいち腹立てないでもいいじゃん」
「時計の音なんて、どうってことないと思うんだけどねぇ……」
……私だって知ってたら、こんなに驚いたりしなかったわよ!

「ごめんな、みんな悪気はないんだが……」
……うっ。
泰明さんにそういわれると、私、困っちゃうよ……。
さっきまであんなにイライラしてたのが嘘みたい……。

「なぁ、どうでもいいんだけどさぁ。葉子ネエ、いいかげんに手を放せよな」
あっ、すっかり忘れてた。
私ったら、ずっと良夫の手を掴んだままだったのね。
「葉子ネエ、やっぱり俺のこと好きなんだろ」
良夫はそういってニヤリと笑ったわ。

誰があんたのことなんか……!!
私はパッと手を離すと、良夫にくるりと背を向けたの。
あーあ、なんで泰明さんに抱き着かなかったんだろう……。
……失敗だわ。
それにしても……。
みんな、すっかりくつろいじゃってるけど…………。

私の中の嫌な予感は、まだ残ってる。
みんなのイタズラなんかより、もっとずっと邪悪なものが迫ってきてるような……。
そんなことを考えてると…………。
メリッ……メリメリッ……。

私の頭上から奇妙な音が聞こえ、パラパラと埃のようなものが落ちてきたの。
…………?
私が、天井を見上げた時……!!
「葉子ちゃん、危ないっ!!」
泰明さんの叫ぶ声がして、私の身体は、思いっきり横へ引っ張られたの。

その次の瞬間には、大音響と共に壁が崩れ落ちてきて……。
……間一髪だったわ。
泰明さんが腕を引っ張ってくれなかったら、私、壁の下敷きでペッチャンコになってた……。
いったい、何があったの?
おそるおそる天井を見上げた、私の目に映ったのは……!!

天井の板をベリベリと引き剥がす、大きな毛むくじゃらの手!
破られた天井の穴からは、空に広がる暗闇が見え、ときおり赤く光る目が覗く。
暗闇に光る赤い目……?
私、どこかでその話を聞いたような……。

あれは、ずっと前におばあちゃんから聞いた話じゃなかったかしら。
確か、そうよ。
この家の周辺の土地には、山のように大きな毛むくじゃらの妖怪と、頭が天に届くんじゃないかっていうような巨大な守り神様がいるんだって……。

おばあちゃんは、一度だけ守り神様に会ったことが、あるんだよっていってた。
とっても気紛れだけど、優しい人だって……。
時々、裏山の方で怪物のうなり声がするけど、すぐに守り神様が現れて、妖怪を退治してくれるから安心していいんだよって……。

今、私たちを襲っているのは、おばあちゃんの話に出てきた妖怪に違いないわ。
お願いします!
守り神様……!!
私と泰明さんと……、みんなを妖怪から守って下さい!
私は必死に祈ったわ。

祈り続ける私の目の前で、哲夫おじさんが、由香里姉さんが、みんなが次々と妖怪の鋭い爪によって切り裂かれていく……。
それでも、守り神様が現れるような気配はない……。
「葉子ちゃん、君と良夫君だけでも逃げるんだ!」
何いってるの泰明さん!

そんなの嫌よ!
「葉子ネエ、こっちだ! こっちに秘密の通路があるんだ」
「駄目よ! 泰明さんと一緒じゃなきゃ嫌!」
しがみついた泰明さんの身体はひどく頼りない。

「ごめんな、葉子ちゃん……」
そういって、にっこりと微笑むと泰明さんはその場に倒れた。
その背中には、妖怪の爪で切り裂かれた傷がくっきりと…………。

「いやぁーーーっ!!」
「葉子ネエ、しっかりしろよ!」
私は半ば意識を失いながら、良夫に支えられるようにして崩れた家を後にしたの。
守り神様なんていないんだ……。
そう思いながら…………。

……それから、数時間後。
「きゃーーーーーっ!!」
少女は、部屋に入って来ると同時に悲鳴をあげた。
少女のお気に入りのドールハウスが、飼い猫のイタズラで見るも無残に破壊されていたのだ。
「あーあ、派手に壊してくれちゃって……。
あっ、人形までボロボロ……!

せっかくパパとママが作ってくれたのに……。
えーと、『和子』に『正美』
『由香里』でしょ。
『哲夫』があって……。
やだぁ、私のお気に入りの『泰明』まで、こんなになっちゃってる。
後は………………。
あれ?

ちょっと、『良夫』と『葉子』の人形がない!!
どこにやっちゃったの?
パパとママの人形なのに……!!
私が怒られちゃうじゃない!

もう!
どこに持っていったのよ!?」
……行方不明になった人形が、どこへ行き、どこで暮らしているのか。
少女は、まだ気付いていない…………。


      (ノーマルエンド)