晦−つきこもり
>二話目(真田泰明)
>A3

私は三人の顔を順番に見た。
「まあ、話を聞いている内に思い出すかもしれないから、最後まで聞けよ」
そういって泰明さんは、また話を続ける。
そして俺達はその洋館の門の前に着いた。
洋館はがっちり門が閉ざされている。

「泰明兄さん、やめようよ。住んでいる人に怒られるよ」
哲夫は不安そうに訴えた。
「哲夫くん、弱虫なんだから。
泰明兄ちゃん、中に入ろうよ」
俺は少し迷った。
しかし、正美の屈託のない笑顔を見ていると、中に入れてやりたいという気がしてきたんだ。

「裏口にまわってみよう」
俺はそういうと、壁に沿って歩きだした。
「哲夫、行こうぜ」
哲夫に歩きながらそういった。
正美は大喜びで先頭を歩いている。
渋々、哲夫は歩き出した。
その屋敷はかなり大きくなかなか裏口には達しなかった。

しかししばらく歩いたとき、正美が大声で叫んだ。
「泰明兄ちゃん、門があるよ!」
俺達は裏口に着いた。
そこの扉は開け放たれていた。
正美は走り込むように、その中に入っていく。
俺は後に続いた。
哲夫は少しためらう。

しかし、一人になるのが嫌なのか、俺達が奥に進むにつれ、飛び込むように中に入った。
表とはうってかわって、殺伐としている。
正美はつまらない顔をして立ちすくんでいた。

「正美、表の方に回ってみよう」
俺は正美を慰めるかのように、そういって歩き出した。
そして三人は固まって、正面玄関の方に向かう。
「泰明兄ちゃん、あれ、何」
それは物置のようだった。
正美はそれに興味を引かれ、駆け出す。

しかしドアには鍵がかかっていて、開かなかった。
俺達は扉の前で、その物置を見た。
中からは、カサカサと妙な音がしている。
正美は俺の腕を握りしめ、哲夫は俺の後ろに隠れるように立った。

そしてそのとき、突然、後ろから声がしたんだ。
「君たち、どこから入ってきたの?」
俺は恐る恐る振り向いた。
そこには初老の品の良さそうな婦人がたっていた。
俺は唾を飲んだ。

「ケチケチしなくても、いいじゃない」
正美が突然、そういい放った。
口を尖らせ、まるで理由もなく怒られているとでもいいたいような顔をしたんだ。
しかし、婦人は優しく喋りだした。

「ふふっ、私は別に怒っているわけじゃあないのよ、お嬢ちゃん」
そしてその婦人は、ゆっくり正美の前まで歩いてくると腰を落とした。
「お嬢ちゃん、この物置の中を見たい?」
彼女は優しそうに笑った。

正美はそれに返す言葉がないという感じだった。
そしてその老婦人は、俺達を押しのけるようにしてドアの前にたった。
「さあ、お嬢ちゃん、どうぞ」
彼女はドアを開けた。
中は真っ暗でよく見えなかった。
婦人は俺達のところに来た。

そして三人の背中を押すようにして、物置まで連れていった。
俺達はドアの前まできた。
しかし暗くて依然、よく見えなかった。
(いったい、何が………)
徐々に目が慣れてきた。
そして何か見えてきたんだ。
正美の悲鳴が響く。

俺は唖然として、その場に立ちすくんだ。
無数の蝶の幼虫が腐乱死体に取り付いていた。
俺達は少しずつ後ずさりした。
そして走って家に逃げたんだ。
これが二十年前、俺達三人にあった出来事だ。
泰明さんはみんなを見回した。

(ということは、二十年前にあの老婦人とあっていたということ?)
みんなも、その奇妙な再会について考えているようだ。
私たちの間に、長い沈黙が流れた。


       (三話目に続く)