晦−つきこもり
>二話目(真田泰明)
>B4

私はそんなことを考えていた。
そしてまた泰明さんが話し始める。
目が覚めたとき、薄暗い部屋にいた。
(ここは………)
俺は体が動かなかった。
(いったい何なんだ………)
そして顔を動かして周囲を見た。

横には哲夫がいた。
お前は後ろ手に縛られ、壁の中に埋め込まれている金具にくくりつけられていた。
俺は自分の様子をそれから悟る。
(正美は………)
辺りには正美の姿はなかった。
「おい、哲夫!」
俺は叫んだ。

「う〜ん………」
哲夫はまだ夢うつつという感じだった。
「哲夫! 哲夫!」
まるで八つ当たりでもするようにそう怒鳴る。
「う〜ん、兄さん?」
徐々に眠りから覚めていくようだ。

「正美がいない! 探さなくちゃ」
俺は体を動かし、縄を解こうとした。
しかしその縄はいっこうに解ける様子はない。
「兄さん………、どういうこと………」
哲夫は不安そうに呟く。
(正美!)

俺は哲夫の言葉を無視した。
「哲夫、ちょっと向こうに寄れ!」
そしてお前は怯えるような顔をして、向こうに寄ったんだよ。
体の後ろからは、縄を結んである金具が見えた。
俺は体をずらし、その金具を蹴った。

金具が埋め込まれている壁に細かいヒビが入る。
壁はコンクリートではなく、何か石膏のようなものらしかった。
更に強く蹴った。
そしてその金具は外れたんだ。

「哲夫! 今度は俺のを外すんだ」
俺は体を壁からなるべく離して、哲夫に促した。
哲夫は何度も、何度も、金具の付け根を蹴りつける。
そしてしばらくして、その金具は外れた。
俺は縄を解こうと、いろいろ試したがとれない。

「泰明兄さん、ナイフがある!」
哲夫は後ろ手にナイフを持って来た。
俺達はそのナイフで縄を切ると、ドアに走った。
ドアを開ける。
「哲夫、あっちだ」
俺は左に走った。

正美の悲鳴は断続的に響きわたる。
その悲鳴を頼りに、俺と哲夫は走った。
「ここだ!」
俺は屋敷の中のドアを開けた。
中からは嗅いだこともない異臭がただよってくる。
その部屋は、薄暗くよく見えない。

二人は中に入った。
「正美! 正美!」
俺は叫んだ。
「兄ちゃん、兄ちゃん」
正美の声が聞こえた。
俺は徐々に目が慣れてきた。
部屋の中で、何か、カサカサという音が聞こえる。
「正美だ!」
正美らしい人影が見えた。

俺達はそこへ走った。
その人影は正美ではなかった。
この部屋の異臭の原因は、多分、その死体だ。
「泰明兄ちゃん!」
呆然として立つ俺達に正美の声が届く。
俺は動揺を隠して、正美の声の方に走った。

「哲夫! 行くぞ!」
哲夫はなきべそをかきながら付いてくる。
「正美!」
正美は壁際に俺達と同じように縛られていた。
周りには蝶の幼虫がうごめいている。
哲夫は持ってきたナイフで、その縄を切った。

「兄ちゃん」
正美は鳴きながら俺にしがみついた。
「さあ、早く逃げよう」
そういって、俺は正美の手を取ってドアに向かった。
しかしドアのところに俺達が着いたときだ。
そのドアの、向こうにあの老婦人が現れた。

彼女の顔には不気味な笑みが浮かんでいる。
「君達、じゃましないで。私はその子にやって貰いたいことがあるんだから」
そして彼女は鉈のようなものを出した。

「その子以外には用がないから死んで貰おうかしら」
彼女の顔は不気味な笑いで大きく崩れた。
鉈が大きく振り上げられる。
そして宙を切った。
俺達は後ずさりして避ける。
それから何度も鉈は宙を切り、俺達は壁際まで追いつめられた。

俺はもう駄目だと思ったときだ。
哲夫がナイフを手に老婦人に突っ込んだ。

そして彼女は鉈を落とし、腹を押さえ、倒れた。
俺は両手に正美と哲夫を掴み、走ったんだ。
「哲夫! 行くぞ!」
後ろを振り返らずに走った。
そしてこの家まで、戻ったんだ。

その後、あの老婦人がどうなったか、わからない。
でも、正美の話からすると、多分、大した怪我ではなかったんだろう。
あの屋敷で彼女が何をやろうとしたのかは、さっきの話から大体予測がつく。
まあ俺の話はこんなところだ。


       (三話目に続く)