晦−つきこもり
>二話目(真田泰明)
>C3

私は三人の顔を順番に見た。
「まあ、話を聞いている内に思い出すかもしれないから、最後まで聞けよ」
そういって泰明さんは、また話を続ける。
そして俺達はその洋館の門の前に着いた。
洋館はがっちり門が閉ざされている。

正美は門によじ登り、中を覗く。
「泰明兄ちゃん、お城だよ」
いつもはお転婆な正美が、中を見て嬉しそうに笑ったんだ。
(かわいいな、正美………)
俺は子供心にそう思ったよ。
そして、正美をその洋館に入れてあげたくなったんだ。

俺達は裏口に回った。
その屋敷は裏口に周りこむのに、かなり時間がかかったんだ。
裏口の門は開いていた。
俺達は中に入った。
裏庭の花壇には、花が綺麗に咲いている。
そしてその上には無数の蝶が舞っていたんだ。

正美は嬉しそうに、花壇の周りを走った。
俺は、いつもお転婆な正美を、このとき女の子だとしみじみ実感した。
しかし、そのとき人影が裏庭に現れたんだ。
品の良い初老の婦人だった。

「君たち………」
少し驚いたようだったが、その婦人はにっこりと俺達に微笑んだんだ。
「君たち、どこからきたの?」
彼女はゆっくり近づいてくると、しゃがんで正美にそう語りかける。

「お嬢ちゃん、綺麗でしょう」
そして花壇に目を移すと、そう呟いた。
「ここには綺麗な蝶がいっぱいいるのよ。見に来ない?」
そういって立ち上がり、正美の手を引いて歩き出そうとする。
俺は正美がさらわれるような気がした。

「正美!」
そう叫ぶと、正美は振り向いて少し不安そうな顔をする。

「君たちもおいで。おいしいケーキがあるわよ」
彼女は振り返って、微笑んだ。
俺は嫌な予感がした。
正美のところに駆け寄り、手を引いて婦人から離れる。
「怖がらなくてもいいわよ」
彼女はそういうと、優しく微笑んだんだ。

そして俺達にゆっくり歩み寄ってくる。
俺達は後ずさりした。
しかし俺達の退路を物置が遮る。
「おばちゃん、ごめんなさい。すぐに出ていきますから」
哲夫は俺の背中越しに怯えながら謝った。

「怖がらなくても、大丈夫よ」
彼女はそういいながら更に近づいてくる。
俺達は物置のドアに寄りかかるように張り付いた。
老婦人が近づくにつれ、俺達がドアを押す力が徐々に増してくる。
俺は彼女の笑顔が優しい微笑みでないことを感じた。

もうかなりの力がドアに入っている。
俺達は、あまりにも強くドアに寄っ掛かったんで、ドアが外れた。
そしてそこから勢い良く、蝶が飛び出したんだ。
三人は中に倒れた。

物置の中の蝶は、総て飛び出し、中には一匹も残っていないようだ。
しかし俺は地面の辺りがカサカサする音を聞いた。
正美の悲鳴が響いた。
俺は振り返る。
そこには虫が取り付いた腐乱した死体があった。

「や、泰明兄ちゃん………」
哲夫が呟くようにいった。
「逃げるんだ!」
そういって俺は正美の手を引いた。
三人は立ち上がり、走って逃げた。
これであの時の話は終わりだ。
あのときの出来事が何かわからない。

でも、正美のさっきの話を聞くと………………。
泰明さんの言葉は止まった。
部屋のみんなは黙って、何も言葉を放つものはいない。
そしてこの沈黙は、しばらく続いた。


       (三話目に続く)